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山道様

東北・北海道の旅、ほんとにお疲れ様でした。
本日もいくつかメッセージをいただきました。

『久しぶりに大局に立ったお話を聞けて
視野が広がった気がしました。
わからない部分も多々ありましたが、、、
また刺激的なセミナーがありましたら
ぜひ教えてください。』

これは20代の女性からいただいたメールですが
こんなふうに確実に何かに触れたという感覚が記憶となり
未来に繋がっていくような気がします。

そして、次回はいつですか?とはにかみながら
声を掛けてきてくれた女の子もいました。
ん?山道さん若い女の子に人気ありかも。

最後にもうひとつ。
『白くて長い髭を生やしたおじいさんが
来ると思ってました~』ですと。

とにもかくにも
ありがとうございました。

コンブさ~ん

こちらこそ、大変お世話になりました。

ああ、北海道のニンニクが懐かしい。
昨日、お仲間の皆様と東京に戻り、一杯飲みに行ったのですが、思わずあのニンニクの味が懐かしくて、ボイル焼きを皆からの反対「明日、仕事あるから止めとけ」を押し切って注文したのですが、やはり!

青森や北海道のニンニクの旨みとは別物でした。

どうも、中国産と思われるニンニクを食べると、身体に毒素が入ってきたように、次の日だるいです。

青森、北海道産のニンニクは、体の中で気に変化して行く立ち上がりがよく、まさに元気が沸いてくる感じです。

えっ、そんな必要以上の元気があってどうするのですって?(;◔ิд◔ิ) !!!

はにかみながら、ニンニクを噛みながら、皆に声をかけてあげたいのです。
ニンニク臭と共に。(х^ิ_^ิх)


北海道講演会で開けた扉が間違いではなかったと、コンブさんが集計して、届く反響がぼくに強い確信を持たせています。

正直な話を言うと、「神の子池」に行って以来、何か目に見えない存在との対話が行われていたと知りました。

当日も、ずっとぼんやり意識を半分明け渡しながら入ってくるメッセージを残りの半分ホワイトボードに書き込んでいました。

タイスンから見れば、焦りの一言でしょうね。

タイスン(心の声):「この人ついに壊れちゃった!何で、もうすぐ開演なのに寝転んでるの!? 目がうつろだし、怖い!」

とか、思っていたのに間違いなさそうです(笑)。

ちなみに、摩周湖と神の小池は、存在をずっと前から知っており、北海道に行くのならば、そこ以外にないと思わせるほど、頭を埋め尽くしていた場所だったのです。

ぼく自身が知らなかったのですが、後で皆さんからお聞きして知りました。

あの、「神の子池」がアイヌの聖地だったと。

全てが導かれ紡がれて行くように、ぼくの口をついてできた言葉たちは、ひょっとしたら、アイヌ神のメッセージのようなものだったのかもしれませんね。

感じる人は感じたのでしょう。アンケートに、「もっとアイヌの叡智について聞きたかった」と、ぼくに対するリクエストとしてあるように。

あれは、ホテルを出る10分前にパソコンにタッチして出てきた自動書記のような情報です。アイヌが避けていた禁忌の場所と風水の禁忌が一致し、我々はアイヌの叡智を垣間見ました。

アイヌの文化も、風水も、言語のように符号/記号を伴なうことに全く同じであり、それらは言語として流れ込んで来て、そして、正しい心を持って、正しい未来を見据えて、それを変換処理する。

そんな仕事が、あの講演会で問われたことであり、ぼくが明けた新しい扉だったと確信しています。

それは、こんな素敵な機会を作ってくれたコンブさんのおかげです。

また、新しい自分に出会えました。

ありがとうございました!

理性は大事ですが、時にはこの理性のたがをはずして、感じられるものを感じられるままに話してみる。それは、全て繋がりだから。

そう、それは、ただ、ただ、たたずんで、待っていた。

想いを持ち続けながら。

  「それを渡す時 ふと謎が解けると良いな 受け取ってくれるかな?」

  「長い間 皆に渡したくて 強く隠されていたから」

最高のギフトを道民へ!

皆が喜んだ姿をイメージしながら!

追伸

ぼくのブログの読者は、さまざまな人がいます。元気で健康な人から、足が不自由で外に出られない人、トラウマによって家の中で脅えている人、実に様々な人たちがいます。

ただ、ちょっとばかし、強度が強くて、なかなか、曲がりきれずに、その歪みに応えるぼくがいます。

それを安易な希望だとか、慰みなどと言いません。

全て、この現代の歪みに対峙することによって生み出されたもので、我々はいたって、平等なわけです。

そして、その全てが意味を持って互いを支えているのならば、どんな場所にいても、どんな状態でも、ぼくはみんなの希望を持って走りたいです。

そこに自他という区分けは愚かしくて、ぼくは我であり他(彼)/她(彼女)であるわけです。そして、皆も、ぼくそのものであるわけです。

だから、ぼくは届けたいのです。胸の奥で光っているものを。それは、ただ見つめるだけでよいのかもしれません。あの池に投影されたものが、精霊であろうと自分の心であろうと、そこに自他という区別がないのならば、人はいくらでも見出すのです。

   「繋がり」を!

この東北・北海道編を「風水山道」読者の皆に捧げます。

ぼくは、あなただったからこそ、

新しい扉を勇気を出して開ける事ができた!

そして、無事に旅を終えて家路に辿り着けたんだ!