仙道房中術の悟り~発刊に寄せて
今からもう七年ほど前になりますが、ふと思い立ち恩師の張明澄先生のお墓を探しに台湾の員林に立ち寄った際に、出会ったのが張明澄先生のお兄様である張明彦氏でした。
張明彦氏は、日本統治時代の台湾で張家の長男として生まれ、中学生時代まで日本語教育の環境にあったため、日本人と変わらぬほど語学に堪能で本書も日本語で執筆しました。漢詩や紅楼夢研究など中国文学に造詣も深く、二十代の頃は、張明澄先生と共に北派の門を敲(たた)き、兄弟ともに仙道の研鑽に明け暮れる毎日だったようです。
北派の武息を始め東派仙道を教わった経緯から、張先生のお墓参りに員林に行っては、張明澄先生の思い出話を明彦氏から伺うのが楽しみでした。明彦氏は仙道の実践家だけあって現在84歳にして無病息災であり、足腰は丈夫で、頭脳は年取れば取るほど冴えわたるかのように明晰です。
本書では、仙道の秘密における答えの一つとして「内分泌の変化」の説明は非常に明快で題材的に取り上げられています。これは今後仙道を学ぶ人たちにとって初めに知らなくてはいけない内容でしょう。また、北派にみられる清浄派には、多くの弊害が見られることも指摘しています。それは、俗に言う「走火入魔(そうかにゅうま)」と呼ばれるもので、今の脳溢血などに近い概念です。青洟(ばな)が垂れてきたり、そのまま精神が崩壊したりと、危険なリスクがたくさんあるのです。その原因は、栽接派が房中術を伴い、内分泌を変化させるのに対して、清浄派は血圧の変動によって体内の内分泌を変化させることによります。
清浄派である北派では、精・気・神という三宝において、精は血を意味し、気は血と共に動くことにより、血圧が高くなっていく修練体系の特徴があり、それは武息と呼ばれる呼吸法に顕著で、激しく酸素を血中に送り込むこととも関係しています。そういった仙道における必須の注意事項や修練体系のあらましを赤裸々に小説形式で綴ったのが本書の魅力となっています。
「仙道経典に見られる内容や技法の多くは古代人によるSFの題材として創作されたもので荒唐無稽な迷信や古代人の夢見る妄想が非常に多く含まれている」と明彦氏は言いますが、本書はあえて古代人の表現したSF世界である仙道の房中術「性愛と養生の知恵」を、メタファーとして盛り込みながら小説という形式を借りて表現しています。
本書のテーマである「性愛と養生の知恵」とは、仙道では房中術と呼ばれます。「房中術というものは、その発生当初から唐の時代までは、女性から精気を奪う男性本位の利己主義的な養生技法にすぎず、仙道に取り入れられてから男女平等の双修法に発展した」と明彦氏が指摘するように、現代の環境では男女どちらか一方にエネルギーが偏るのではなく、「双修」のほうが適切であるようです。
本書が仙道という過去を振り返る際の道標(みちしるべ)となり、SFの世界としか見られなかった古代人の書物をそのまま解釈する失敗を犯すのではなく、そこに隠されたメタファーを読者自身が読み解きSFから有用な智惠を現実に抽出し、未来を切り拓く際の手かがりにしてくれることを切望いたします。
2015年3月3日 山道帰一