2008年10月28日 (火)
「送友人」

薛濤(せつ とう、768年 - 831年)は中国・唐代の伎女・詩人である。「送友人」友人を送る(いうじんをおくる)、有名な詩だろう。人間の本質を捉えた鋭敏な詩の才に舌を巻くばかりである。
明澄透派の『洩天機』は、子平に通じた達人たちが、命式を読み解いて、歴史上の名詩にあらわれてくる人生観を運命の形と見做して、表現した点に価値がある。『洩天機』を編纂した当時の文化人たちの詩に精通した教養の高さと子平命理に通じた人生観を見通すパースペクティブな哲理が伺われるのである。
そう、中華の詩人たちは、一時的な感情を唄うだけではなく、卓越した漢詩に人生を編みこむ。それは、命理学者と同じく、人生全体を見つめ、漢詩の中に全てを表現しようとした試みでもあるのだ。『洩天機』にある人生を縦横無尽に圧縮して閉じ込めた七言絶句に絶句する。
そんな運命の詩を見ながらも、「この人に限って、こんなひどい詩の内容と一致するはずがない」とか、運命学を甘く考えてしまうこともあるが、実際は、その通りだったりするのを気づかされると、古代の詩人や、『洩天機』を編纂した人たちの識の高さに驚かされる。
エドよ!君は、決して上滑りな言葉で、友情を語らない口だけの理論家ではないことを知った。ぼくのために傷つきながらも奔走し、こんなにも、ぼくにつくしてくれた君に感動する。
エドは、いつもぼくのために、良い仕事をしてくれる。君と出会えて良かった。そして、君との友情に乾杯!
こうやって、人を見極めることは痛快、痛快なり。エドのように、人生において大事な友達と、それ以外を見極めることができる。そして、人生で無駄な時間が省けるので、助かりましたぞ!エド君には、いつも、いつも助けられてばかりですな~。そろそろ、オレが恩返しをする番かな!? (・´з`・)
君が感じたこと、君が傷ついたこと、等しくこの胸に刻もう!それが、ぼくの友情のあり方だ。(。♋ฺ‸♋ฺ。)
信頼がないのに俺たちと友人のフリをしていたペテン師とは、手を切ろう!
エド、こうやって、俺たちもいやらしい大人になって行くんだね。。(。♋ฺ‸♋ฺ。)
いやらしいのは、俺たちじゃないがな!ヽ(`△´)/
そして、口だけで互いに「信用している」などと、欺瞞と偽善に満ちた友情ごっこには、お別れを告げよう!オレは、言葉よりも、行動に重きを置く!
誰もが友人を選ぶ権利を持っている。そして、それは双方向通信なのだ。あんたにとって、銭が全てなのは、わかったけれど、何で、オレだけ都合の良い時だけ、利用されなきゃいけないの?(╬☉д⊙)
綺麗な言葉だけならば、この耳を塞ごう。困難な時ほど、真の友情を見極めることができる。そして、『洩天機』は、正しく人の運命をズバリ象徴しているのだ。
この偽善にピリオドを打つために、「送友人(友人を送る)」の意味を持って、薛濤の詩から読み解かれた、『洩天機』にある青臭いアダルトチルドレンの運命の詩を最後に送る。プレゼントだよ。『洩天機』は、縦横無尽に人の運命を七言絶句で驚くほど、リアルに表現するのだ。
オレは、この命式のようなタレントと言うより、ミュータントな未熟者に何か教えなくてはいけない義務も、義理もない!
カルト万歳の宇宙人同好会クラスでも行って、UFOの乗り方でも習っとけ!青草でも食べてろ!アホクサ!ヽ(`△´)/
斛石山曉望寄呂侍卿
薛濤
斛(こく)石山を曉に望み呂侍卿に寄(おく)る
曦輪初轉照仙扃
旋擘煙嵐上窅冥
不得玄暉同指點
天涯蒼翠漫青青
曦輪(ぎりん)初めて轉りて仙扃(せんけい)を照らし
擘(ひじ)を旋(まわ)して煙嵐を窅冥(ようめい)に上る
玄暉の同じくして指して點(とも)すを得られず
天の涯の蒼翠は漫りに青青
太陽が初めて回ってわたしの家の出入り口を照らした時、
山霧のなかをのろのろと、深くて遠く暗いところに登って行きました。
謝玄暉のようなあなたが一緒に来て、いろいろと教えて貰う事ができないの
で、見渡す限り空も山もやたらと青々としているばかりです。
体神の乙を曝す忌神の丙があり、体神に作用する喜神がない。もともと乾燥している草(燥乙)にさらに烈しい日(丙)が照らし、生機を奪っている。
詩の意味は、私はまるで太陽が出始めたように、世に出たばかりの未熟者で、先も見えず手探りで模索している状態です。謝眺のような学の深いあなたと一緒に手を取り合って歩くことができず、教えて貰うことができないために、私(この命式の人)はいつも青くさいままで居るのです。
命式で差別するわけではないが、信頼のおけない人間とは、お付き合い出来ませんというのが結論だ。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)
そして、命式から導き出す人間像は、口先だけの内容よりも信頼するに値する。見せかけだけの友情ゴッコは要らない。必要なのは、お互いに信頼しあえる心の繋がりだ。
いつの時代も導師と呼ばれる人々は、この部分をチェックして、その人に何か教えるか教えないかを決める。全ては、心の問題で、いついかなるときもテストされている。怪しい奴ほど、特にチェックされる。
最もその人間が固執するであろう点について、厳重にテストされ、覚悟を問われる。つまり、何が一番大事なのかと。功法実践家にとって、教えこそがすべてのなのだ。
今回は、ダニエルが考案した方法をエドの助力を経て、ある人にテストした結果、やっぱり、この人間に対しては、何も教えるに価値なしと判断させていただきました。この伝統文化の社会は、恐ろしく閉鎖的で、審査も厳しいのだ。
心は常にチェックされ、学んでも、ものに出来る度量がないと判断された場合、先生が徒労に終わるため、まずダメですね。
また、先生に対して礼がなく敬意もない社会常識がないのは門外漢だし、とかく、一々自分の意見だけ言って自分に固執し、何も聞く気を持たない人は、スタートからして来る場所が違うのだろう。
あまりにも、レベルが低い人に何か教えると、教えるほうの脳が汚染されてしまうのである。
そういう人たちは、宇宙人の交流会や、超能力開発講座、もしくは、カウンセリングかセラピストのもとにでも行け!
もしくは、自分のトークショーでもやってろナルシスト!
いつまでも、青臭い甘っちょろいことばっかり言う偽善者といった感じだろう。自分が、ちょっとでも有利だと判断すると、エラソーに反対に説教でもするペントハウスの奴隷の反面教師。オマエは、医者の威を借る狸のポンポコポンか。つくづく恩知らずな厚顔無恥の未熟者だな。
『洩天機』に書かれているこの人の運命どおりなのが笑える。結局、先天的な要素を自分で改めて治す力がない人は、そのまま八字に顕われてしまうのだ。
ダニエルの守護天使、エドワード!テストに協力してくれてありがとう!助かったぞ!
君が陪審員で、オレが裁判官。( ゜ 3゜)
ただ、オレを書類送検するのはやめてくれ。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)
<関係ページ>
オレはトイレで輝く!
レッドクリフ
「送友人」の解説
「送友人」
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コメント
わたくし、先日「送別会」 で、ちょっとショックな出来事がありました(T^T)久しぶりにあまり元気がありません(^_-) だから、元気復活のために、「そーだ!カウンターバー夜間飛行に行こう!」 と決意!! でも(T^T)私、方向音痴 ・・・誰かに手を引かれなければ、多分辿り着けない・・・まさに 「暗中模索」・・・ 山道さまの今日のブログ「友送人」は、こんな私の琴線に触れました。(作者の意図とは全く別次元ですみません)m(_ _)m
スカーレット |
[URL] | 2008/10/28 1:22:15
スカーレットさん
別次元と言うことはないですよ。きっと何か嫌なことがあって、友情というものに懐疑的になったのでしょう。
まあ、世の中そんなことばかりなので、友情が壊れたら、逆に「早く見切れてよかったわ」くらいに考えるのが無難でしょう。
そんな気楽な加減が良いのよ。気楽な具合がね。
だから、懐疑的になる必要もなく、見極める必要がないのですよ。友情と言うものは、時間の経過と共に本質が見えてくる場合もあると思いますよ。
ただ、何かこのトピックのように、伝えたり教えたりしなくてはいけない場では、友情というより、教師と生徒の関係ですね。
私の場合、お金とって教えている訳ではないので、教えたくなければ教えなくてもいいという気楽をエンジョイしています。友情とは違うかも。
特に、我々の伝統文化社会では、何か人に伝えると言う点において、審査が厳しいのです。それは、代々受け継がれてきたものだから、仕方ないと言えば仕方ないですよね。でも、ぼくは気楽をエンジョイしていますよ。
じゃあ、今度、皆で夜間飛行行きますか。そこでは、朋友たちが気楽に集まり、きさくに語り合い、皆で談話して楽しくお酒を飲む、そんな素敵な場所ですよ。
ぼくにとって、色々と勉強になることを教えてくれる夜間飛行の先輩方や人生における先輩たちは、孔子が言うように、みんな私の教師です。
ダニエル |
[URL] | 2008/10/28 4:41:04
鮎子さ~ん
NOOO!
ぼくの「送友人」の記事が思いっきり勘違いされてしまったようで、怖いのですが、これは○○○さんで、皆様にまったく関係のない人間です(この先も)。
何故かような記事を書いたかといいますと、その人に最後の教育をプレゼントしたかったからです。
エドのブログに詳しいですが、その人は学ぶものとしての本分を忘れ、何度も同じ過ちを犯し、学習能力がない方だったので、あるテストを「お願い」というかたちでしてみました。エドが解説していますね。初めは、エドも真意が分からなかったのですが、結果、Alrightです。
もちろん、その内容に対しての返答や考慮は、どうでも良いことですが、一番最悪の応え方をされました。
もともと、その人にとって「社会的な肩書きを持った方や、セレブな方々は、無条件に善であり、正義である」という極端な偏った考えを持った人でしたが、我々にそのような毒を押し付けられても、教育するほうとしては、甚だ迷惑なだけでした。服毒自殺させられちゃう感じですね。
また、この人と私の考え方の違いは、人との接し方だろう。
★「君子は義に喩り、小人は利に喩る」
君子は万事を道義に持っていく。 小人は一切を利益に結びつける
つまり、セレブしか人間ではないと言う考え方を根底に持ったこの人と、私は、思想からして違うのでした。
★「君子は周(した)しみて比(おもね)らず、小人は比りて周しまず。」
君子(人格者)は訳隔てなく幅広い人々と交際するが、小人( 人格者で無い者)は偏った少数の人間と交際する。
徳を持った人間は、広く親しみ一部の人におもねることをしない。しかしつまらない人は、一部の人におもねって広く親しむことをしない。何故、私がセレブという理由だけで、セレブにおもねなくてはいけないの?
問題は、私がこの人の尊敬する、もしくはおもねるお医者様とその奥様に、一緒にいるとき鉢合わせた時、ダニエルは、トイレで五分以上手を洗い続け水道を無駄にする変人がトイレにいて怖くて手も洗えずに逃げ出してきたのです。実際、その後もその人は手を洗っていたはずなので5分以上手を洗っていたでしょう。
そして、後から知ったことに、ダニエルに手もあらわしてくれなかったこの「トイレ便座の怪人」が、セレブ好きの友人の尊敬する、おもねる医者とは知らずに、私はその医者は「強迫神経症」と分析した結果、「そんなことありません。立派な人です」といい始め、別に聞き流していたのですが、水を無駄に使う人間は、ロクデナシしかいないというのが、我が家の家訓だったので、あまり良い印象はありませんでした。
ちなみに、「強迫神経症」は、セロトニンなど脳内の神経伝達物質のバランスに異常が見られることが明らかになっている。このため、強迫性障害は脳内部の化学的な働きの不具合によるものと、心理的な要因および体質などが関係して発症するのではないかと考えられている。この医者こそ、治療が必要なのだろう。医者の不養生!?
もちろん、正式にこのお医者さん(トイレ便座の怪人)を紹介されたわけでもないので、互いに挨拶さえする必要がなかったわけですが、後から「お医者様の眼力素晴らしく、帰一さんには目をくれませんでした」と、訳の分からないことをエドに対して喚いていたのが、「送友人」の主人公です。
何故、かような人間のロクデナシにクズ扱いされたといわれなくてはいけないのか、理解しかねますが、普段からこの人の間違ったことを間違っていると言う正しい教育手順に対して心の底に恨みでもあったのでしょう。
教育者として有名な孔子が一番きらったのは「騎慢」、「威張る」ことでした。
★「君子は泰かにして驕らず。小人は驕りて泰かならず」
君子は心豊かで、いばらない。小人はいばって、しかも、こせこせしている」と論じている。
結局、社会の中での位置づけが、セレブや役職の高い人こそ正しいという考え方に愕然として(競争社会の勝ち組、負け組みの理論)、そんな考え方に固執し続けるこの人の教育に費やした時間を虚しく感じてしまったのです。
今まで、この人に対して、なんら見返りを求めず、身体が悪いといえば治してあげ、分からないことを質問されれば、時間をかけて説明し、相談をされれば親身に答えてあげていた私です。
しかし、何故この医者から、「クズ扱いされた」と言って、自分の生徒にも等しかったこの人に影で笑いものにされなくてはいけないのか、とんと理解が出来ずに(実際にエドにそのように話していた)、理解が出来ない頭のおかしい人と係わるのは、よそうと思ったダニエルだったのでした。
まあ、この人は頭がおかしい妄想癖があり、何でもジクゾーのように結び付けて、運命と呼ばれる偶然の出会いには良いことしかないと考えてしまう妄想があったので、自分のジャッジメントに置き換えたのでしょうけれど、私としてみれば、教育者である私にこのような失礼を以って接する人間と係わる必要もないですよね。
結果、この「トイレ便座の怪人」と出会ってしまった良い運命が私に着られてしまう、もっと良い運命に変わったと、この方の妄想癖で結び付けていただければ幸いであります。
私の貴重な時間を一分一秒たりとも、もう無駄にするのは、得策ではないでしょう。この人は、マナー教室には通ってインストラクターまで持っているけれど、心のマナーがまるでなっていないミュータントみたいなできの悪い子でした。
私はそんな人に、時間を割いて教育する必要がないと判断させていただき、ブログで更迭「送友人」へ、最後の教育&プレゼントにさせてもらったというストーリーです。これは教訓にするために発表しました。
つまり、世の人々は無条件に「運命の出会いは良いものしかない」と決め付けてしまいますが、運命の偶然には、良いものだけでなく、当然のように悪いものもあるということですね。
たとえば、今回の出来事気は、ぼくにとってラッキーな出来事でした。
しかし、この人はこのブログやコメントを見ても、自分のことだと理解するのに、三年はかかるくらい智能が・・・。
まあ、このような人は社会の中でも珍しい世間知らずですが、すでに40歳を過ぎているので、再教育は望めないでしょう。
親しき仲にも礼儀ありです。自分に何かを教えてくれる人は、先生と呼べる人です。そんな人を前に、このような敬意もなく、失礼極まりない態度だけのアダルトチルドレンと係わるのは、自分にとって不毛な人生なのだと判断しました。
南華密教では、「五常所怕」という「仁・義・礼・智・信」の「五常」に対しての解釈を深めているものがあります。
★「智」とは、智慧や知性・教養のことですが、無知な人には教えれば済むことですが、頑固な人は、何を教えても聞きませんから、どうにもなりません。
掛川師兄や南華さんのジャッジメントは、「この人は、ただ単に智がないね」で、終わってしまいましたが、私の周辺にかような厚顔無恥の恥知らずがいたというだけで、皆様の笑いものになり、ぼくは、とっても恥ずかしいです。
掛川師兄や南華さんは、たぶん「ププッ、山道って、人を見る目ないんジャン」とか言われて、かげで笑われている声が聞こえてきそうです。
鮎子さんの命式は聞かせてもらいましたが、このような智のないアダルト智エオクレンの可能性はゼロなので、ご心配なく。
★「子曰く、その以す所(なすところ)を視(み)、その由る所(よるところ)を観(み)、その安んずる所を察すれば、人焉んぞ捜さんや(かくさんや)、人焉んぞ捜さんや。」
先生(孔子)がこうおっしゃった。その人の行動を見て、その人の行動の由来(原因)を観察し、その人の行動を支える信念(思想)を推察するならば、人間はどうやって自分の人柄を隠し通せるだろうか、人間はどうやって自分の人柄を隠し通せるだろうか。いや、隠しおおせることなどできないだろう。
「送友人」の結論として、この人は隠し通すことができなかったのです自分の本性を。
★「子曰く、唯女子と小人(しょうにん)とは養い難(かた)しと為すなり。これを近づくれば則(すなわ)ち不遜、これを遠ざくれば則ち怨む。」
女子と小人とは扱いにくいものだ。近づけて可愛がると図に乗るし、遠ざけて疎んじると怨みをいだく。
ぎゃぁぁぁ、送友人を通して、この人から怨みをかったかも。これも、私の不徳となすところとし、「送友人」を以って、この人への最後の教育を完結としたい。
★「子曰く、君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む。」
小人は、ものごとがうまくいかないと人のせい、うまくいったら自分の手柄。君子は、ものごとがうまくいかないと自分のせい、うまくいったら他人のおかげとする。
ダニエル |
[URL] | 2008/10/29 3:20:04
こんにちわ。
私は今、漢詩に嵌っております。前回、偶然にもお話できたときにもお伝えしましたが。
そして前々から、洩天機という存在も話には聞いていたので、興味津々でした。
実はミクシィの自分の日記に延々と漢詩を投稿しているのですが、そこで冗談半分に漢詩療法という戯れ言をつぶやいたところ、思いのほか反応が良く、「ぜひ開発してください!笑」などと言われてしまいました。(笑)
お経や偈文も好きですが、漢詩もそれと同等の意味と効果を持っていると思うのです。
自分が漢詩療法と口走ったときに、思いの先にあったものは、この運命を凝縮して表したという洩天機のことでした。
まして、「本人だけが分かるような、何重にも意味を重ねた詩で、自殺を考えたときに開いてよろしい」となれば、本当にそんなものがあるんだろうか?あるのなら、いつか見てみたい、俺には開く資格がある!などと考えていました(笑)
ちょうど、自分の日記で、そろそろ漢詩療法(笑)について何か書かなければならんなぁ・・・・などと考えていた矢先に、山道さんのこの日記が投稿され、あまりのタイミングに笑ってしまいました。これとて、偶然ではない何かなんでしょうか・・・
最近、自分の内面と外での出来事につながりがあるような気がします。あまりにタイミング良く、自然に事が起きたりします。
ところで洩天機といえば、お寺のおみくじなんかも、天の秘密を洩らしている漢詩、プチ洩天機だと思っています(笑)
修進甚功辛 しゅうしんはなはだこうしん
勞生未得時 せいをろうして いまだときをえず
騰身遊碧漢 みをあげてへきかんにあそぶ
方得遇高枝 まさにこうしにあうことをえん
かぎょうなどにせいをいだしてしんろうするなり
大いなるのぞみゆへ、しんろうするなり、されどもいまだじせつをえず
しだいにすすみて大いなるところにいづれば
ちぎやうざいほう、またぢうしよなどをえて身をやすんずるかたちなり
前々回のおみくじはこんなのが出まして、なるほどなぁ・・・と思ったものです。
ピンク色 |
[URL] | 2008/10/30 17:03:59