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ハロー♪昨日はありがとう!
ところで、すっごい偶然ですが、知り合いが京都の綾部に土地持っていてその話題が今日出ました。
今日もジュセリーノさんと「話がしたい」と思ったら話ができました。ホント、人生は楽しいネ。
昨夜のヴィダルサスーンの話で笑いすぎで腹筋が痛いイヴォンヌでした。

イヴォンヌ!!!+アンディ!!!

この間は、おいしいお酒、それにおいしくないアンドリューのおつまみも付いて愉しめました。

アンドリューのおつまみ、反対!ヽ(`△´)/

ノエルのカバンが・・・。ノエルの高級なカバンに・・アンドリューのおつまみが・・・OMG!( ´^ิ益^ิ`)

アンドリューあのあと、歌を歌って、ビールをまた飲み、そのあと、終電がないので、ぼくの家に来て、16時間くらい、爆酔をかましていきました。男泣きに泣いた(。♋ฺ‸♋ฺ。)

最近では、酔拳というより、衰犬のようになってしまっているアンドリューですが、パワースポット巡り以降、仕事もバンバン入ってきて、かなり好調とのこと。(✿ฺ^-^✿ฺ)

ちなみに、アンドリューが起きた後、某社の風水鑑定に行く予定だったので、そのまま連れていきました。

ある意味、毎日、酒か風水漬けのアンドリューかも知れません。(❝ฺ_❝ฺ)

そこの会社の人たちには、アンドリューを「ぼくの風水の先生です」と冗談を言って、紹介したら、「先生までご一緒で、ありがとうございます」みたいな厳粛な雰囲気になったので、アンドリューは、社会的には、貫禄があるものだなと感心したものです。( ゜ 3゜)

ぼくの企業鑑定をお仲間に見せるのは初めてなので、かなり目から鱗で衝撃的だったでしょう。

ぼくが尋龍尺で、14年前に埋められた地下の異物を発見したり、様々な方法で、陽宅を分析し、企業の過去・未来をビシバシ言い当てて行くのは、見応えがあって、愉しかったのではないでしょうか。やっぱ、風水鑑定は、愉しいですな。二日酔いで、頭が痛かったけれど。(・´з`・)

酔いどれ風水師とそのお仲間たち、アウチ!( ゜ 3゜)

ちなみに、この会社の鑑定の結論、「M&Aするなら、今がチャンス!」。(´^ิ艸^ิ`)

やはり、一社の大手から、その申し入れがあるようです。「チャンスですぞ!」( ・ิω・ิ)

イヴォンヌ!!!+アンディ!!!

あ、アンドリューの「ルナシー→バッハ→ヴィダルサスーン」の写真届きました?

それらの写真は、アンドリューが脱走兵と皆に呼ばれるようになる前の写真です。最後のヴィダルサスーンと呼ばれる写真を撮影されたあと、強風にビビッてしまったアンドリューは、麓に向かって逃走しました。通称、ルナシー事件とも呼ばれています。(→ܫ←)

生命の儚さと大切さを知ったアンドリューはその後、「自殺したい」と言わなくなりました。(。→ˇ艸←)

また、東京来たら、一杯行きますか。お土産、ごっつぁんです。アンドリューも皆に、お土産(おつまみ!?)をくれることでしょう。(✿ฺ´∀`✿ฺ)ノ

ご友人の綾部の土地、田んぼや畑にして、作物つくりましょうよ。(✿ฺ´∀`✿ฺ)ノ

ご無沙汰してます!
イヴォンヌ、アンディも上京して楽しい飲み会&計画が進んでいるようですね。またしてもアンドリューさんの酔拳を見逃してしまい残念でなりません(><)
もし機会があったら鑑定の時に1日弟子として私をこき使ってやってください!分析はできないけど鞄持ちくらいはできると思うんです(笑)

それと、良ければ私のブログにリンク貼らせていただいても良いですか?

マギー!!!

ご無沙汰してマース。

ヒィィィィィィ、そんなドSじゃないから、女の子にカバン持たせたりしませんよ。(❝ฺ_❝ฺ)

ぼくの鑑定見ても、八宅とか玄空などとは、かなり異なりますので、マギーの勉強している風水視点からしてみればあまり参考にならないかも。

たとえば、

 巒頭・水法・形相

という視点で風水を観る事もあれば、

 竜・穴・砂・水・向

という視点で風水を観る事も有る。

どういうことかというと、「どのように事象追うか」ということで、導き出される情報までのアクセスルートが違うと言うことですね。

例えば、「水法」一つ取ってみても、理氣まで、そのまま応用できる巒頭から導き出す「水法(巒頭水法)」を用いることもあれば、格局で観る「水法(奇門風水)」もある。もちろん、レイモンド・ローの「水法(三合派)」もありすよね。

また、家の中の構造と物の配置、つまり、集まってきている情報から、読み解くことも大切です。気は、「秩序を維持しようとする働き」のため、部屋の中を流れる気から出来る分析は、ぼくの風水にとって、かなり有用なものです。
 *気学じゃないですよ。( ゜ 3゜)

色々な視点を切り替えると言うことは、非常に大切で、沢山の情報を取り出します。一つのやり方に固執すると言うことは、自分が導き出し得られるかもしれない有用な情報をシャットダウンしてしまうことにもなりかねません。そのため、頭は常に柔軟に、客観的な判断方法を持って、色々な風水を勉強してみることも大切ですよね。

もちろん、色々と教えてくれる人も少ないのも現状ですが。ぼくは、縁ある人たちに何かを伝えたいと言う想いがあり、エドやアンドリュー、ノエルに、タイスンなどには、実践を通じて色々とリアル風水を伝えています。.(✿ฺ。 ✿ฺ)

成果は、本にして、『風水のある旅~パワースポットを求めて』(全国篇)ということで、出版しますから、それを見れば、結構、目からうろこかも知れません。また、この本に関しては、ブログで徐々に発表して行くので、マギーも応援してくださいな。
(σ・∀・)σ 『風水のある旅~パワースポットを求めて』(全国篇)

この間の鑑定は、羅盤が使い物ならなくなるくらい、磁場がおかしな場所だったんで、家の中の構造に着目したやり方が正解でした。

機会があれば、カバンを持たなくても、マギーを鑑定に連れて行きますよ。

でも、マギーはそんなに風水を勉強して何になるのでしょうか?風水師?(。≖ฺ‿ฺ≖ฺ)

あ、こんなアウトローのぼくのブログなんかで良かったら、
リンクしてもらって、問題ないですよ。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

こんにちは。衰犬アンドリューです(笑)

イヴォンヌさん
先日はすみませんでした・・・。お詫びのメールを
お送りしました。またヴィダルサスーンの写真も。


ダニエルさんの鑑定に付いていったんですが、
なんというか目からウロコでした。
玄空飛星なんて使いませんでしたね。

やっぱり魔法とか呪術とかそういうものではなくて
「観察力」「人間力」「考察力」
それに加えて幅広い社会的な知識、智恵。

もう、クライアントとダニエルさんのやりとりを
聞いていて、「風水」ひとつの枠ではない事を感じました。

わかった事は
「風水の知識ばかりあってもダメ」
「サラリーマンやOLを経験したほうが断然良い」


これ、ホントすごく勉強になりました。
連れて行ってもらって感謝してます。

アンドリューを連れて行って、良かった。
一番伝えたかったことは、「現実を知らなければ、何も見えてこない」というリアルな事実です。

そういったファンタジーの世界の最たるものの一つに、五術でいう「山」を構成する仙道と呼ばれる修練がありますが、小生が、若かりし頃(今も若いぞ!)、伝統的な流派に正式な弟子として入門したときに、開口一番に言われたことが、

「科学・哲学などの現代の最先端の知識を学ぶことも怠ってはいけない!それが、現代の常識なのだから。つまり、常識が無い人は、まず、常識を身に付けなければならない。常識すら、学ぶのが困難な人間は、残念ながら、生きて行くのにも手一杯と言うことで、仙道というより深い知恵を学ぶ縁が無い。」

と、手厳しく教えられ、それらの伝統的なマスターたちは、異常なほど、現代の哲学、科学、物理学、ありとあらゆる学問に精通しており、驚くほど、最新の知識を用いて、仙道を教授してくれました。

もちろん、最先端の現代知識や教養を持ってしても、解明不明な部分もありますが、それらは、我々の五体を通じて体現できるように学ばされ、自分の中で体現できることは、「真実」となりました。それが、科学で証明できないことでも。

同じ、五術でも、「医」の部分である医術一つ取ってみても、現代の最先端医療知識も同時に学び続けないならば、非常に危険なドグマに陥った殺人医学にもなりかねると言うことでしょう。

また、医学に関しての機密は、かなりオープンだったのに対して、特殊な人体改造術を兼ね備えた「山」の仙道の機密は、表の知識として決して洩らせない機密を多く含んでいました。そのため、小生の仙道における老師は常々、

「最低でも、3年かけて資質を調査する。」と言っていたものでした。

そのため、3年間は筋を鍛えたり、姿勢を調整したりしながら、経絡を鍛える基礎的な動功と常識を鍛えることを怠らなかったのを憶えています。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

知識とは、『広辞苑』によると、「物事の正邪などを判別する心のはたらき」と、あります。

つまり、「知識」という常識が無いと、人は、ただ単に頭のおかしいファンタジーやSFの世界にはまりこみ、自分の「勝手な決め付け」世界に走って行ってしまうだけなのです。まあ、帰ってこれるならば良いんですけれど、大抵、一生を棒に振ってしまう人たちが多いのが怖いところです。

というのも、知識が無く、「物事の正邪」が判別できないからです。

もちろん、そうならないために、伝統社会は、法灯をともし、「真実」を求めるものに一部(常識と良識のある人たち)に、門徒を開いているのです。法灯とは、指針であり、伝統社会で、正しいとされる知識(物事の正邪)による判別を学ぶことでもあるのですから。

よく色々な人から、「何が正しくて、そんなに確信に満ちたことを言うのですか?」と、たずねられますが、答えは簡単で、「自分が学んできた流派の何百年にもわたる伝統と歴史の正統性と現代の常識という正当性の二つの側面から見て、確信に満ちたことを言うんです」と、お答えしています。

わかりやすくいえば、自分の学んできた流派内における判断基準の審判とも言うべき存在が、その流派内に幾人か存在する「伝人」と呼ばれる人々です。伝人のもつ、判断は、その伝統流派の歴史と重みから反芻される全(善)判断だということです。

それは、あたかも、法廷が審判の判決によって、成り立つのと同じなのです。

もちろん、それらの判断は、その流派内でまとまっていて、決して、外部の世界に対して、「それが全てだ!」と言っているのではなく、少なくとも、無責任に自分の思いつきを言うのではなく、それだけの歴史と伝統によって、裏付けられた発言くらいに思っていただければ良いのではないでしょうか。それが、全てだと言うのも、現代にあっては危険なドグマだと思いますから。

そして、伝統社会から得られる法の灯火という「伝人」の資格は、精神病院から誰でも気軽にもらえるカルテではないと分かってもらえただけでも、アンドリューを鑑定に一緒に連れて行って正解ですな。また、一緒に法廷を見に行こうね。(´^ิ∀^ิ`)