コメント:

まだまだ、知らない世界が広いこと
とても勉強になります。
ありがとうございます。

ダニエルさん、私も勉強になります。
その本、ものーすごく楽しみです゚+.(・∀・).+゚

ロー先生のような戦い方は、なさらないんですか?
確実に実績を積んで、着実に信頼を獲得していくっていう。
時間はかかりますが。

私は、日本風水の現状については、何も存じ上げませんが、

ダニエルさんの語るお話って、私の知る、とある国の精神世界にもいえることで、本道を自負する勢力が、力を独占し、見せようとしないってことが、こういう現象を作りだす一因だと確信しています。
見せなきゃ、社会にそういう要求がある以上、要求に見合ったものが作られるもんだ。

そういう意味で、本道派も責任があると思ってる。

なにはともあれ、一度、凝集性が高まったグループは、組織維持に必死になるものだし・・。

もし講座の予定などありましたら(高すぎ・へんなからみ客多数はいやです・・)、受けたいなーと思ってました。
そういう方向には行かないんですか?

いろはさん・ryutuyoさん ・外野の付け足しさん

返信が遅れてしまいました。(๑→‿ฺ←๑)

さっきまで、蛇に足が噛まれないように、ドキドキしながら、熊出没ポイントの中で、尋龍点穴してました。

ある戦士に指示されたポイントまで、必死に山を登り、湖を越え、「見つけて来い!」の一言で入山する。

きっと、ある戦士は、ぼくらが点のように小さくなって、せわしなく動き回る姿を遠くから見ていたはず。

ポイントまで、降りるよりは、登るほうが安全だと判断し、入山すると、先が見えずに、背丈を越える笹を掻き分け掻き分け、獣道さえない中を進んで行く。

前に進んで行く先に、あるものは!?

風水を学ぶものならば、誰しもが、自分で見つけてみたい、龍穴ですね。

でも、先を歩く一番危険な役は、いつも決まって、ぼくの仕事です。(・´з`・)

後ろのペースを見ながら、時に足を止め、後ろを気にしながら進みます。自分の身を一番危険な位置に置き、尚且つ後ろにいる仲間に注意を払う。

これは、自分だけの満足のために、風水を行なっているからではない。

 先にある希望を皆と一緒に目指して。

だからこそ、誰もついて来れない、見えない、触れられない、そんな希望ならば、それは、皆の希望と言えるのでしょうか?

そんな希望ならば、ないのと同じだから。

だから、ぼくは風水に心を惹かれ、関心を持つ人々を正しい方向に導きたいと願っています。

それは、一歩、一歩始まるだろう。

そのために、出版活動もしますし、ブログも書きます。

それ以上の要求をぼくにされても、困るものがある。

ロー先生は、職業的な風水師で、本業も「風水」である。

ぼくは、風水を生業にしていない。そのため、当然、本業があり、そこに生活がある。そのため、当然、ロー先生と同じ戦い方は出来ない。

ぼくは、本業をこなし、余った時間の余暇で、ブログや本を書いている。自分の余暇を使って、戦う。それが、ぼくの戦い方だ。

さらに、このブログが誤解されないように、述べるならば、このブログのテーマは、既存の間違って根付いた日本文化に植えつけられつつある風水に対する警鐘と共に、既存の風水世界に与える「微かな振動」を持って、この文化圏に正しい風水を継承させることだ。

 「想いを伝えて
  微かな振動でさえ
  皆の目の前で溢れるものへと導く」

そんな、メッセージをいつも込めて書いています。皆の臨む希望が溢れ出すように務めたいと願っています。

しかし、風水に託された希望は、個々の欲望を満たすためのものであってはならない。

正しい風水は、そこから始まる。

そして、環境問題と同じだが、環境を破壊する悪辣な産業があったとして、その産業を無くした方が良いが、その産業に携わっている人々の生活はいずこに?

それは、風水を生業とするプロの人々の風水世界にも言えるだろう。

例えば、ぼくが学んできた風水や、それに携わる情報を公開して行く果てに、「今まで、風水で生活を成り立たせていた人の生活はいずこに?」。

ぼくは、そういった人々の中にも、良心がある人々もいると思う。

「間違った風水を改め、本当の風水を学び、世の役にたちたい!」

そんな風に素直に心から言える人々は、その過去がいくら汚れていて、多くの被害者を出していたとしても、その人は、その間違ったことをしてきたことを悔い改め、世の中に正しいことをして、挽回するチャンスを自らの手で掴んでも良いと思う。

また、知識とは、「物事の正邪などを判別する心のはたらき」をいう。『広辞苑』

つまり、正しい知識が無かったから、この日本の風水文化は、これだけの闇なのかもしれない。

正しい、知識を文化の伝播として、この日本に伝えたい。それは、本でもブログでも、かまわない。それが、ぼくの戦い方だ。

また、ぼくはそんな間違ってきたことをしてきた人たちを教育しなおしたい。それは、正しい知識が無かったからかもしれないからだ。

そう、ぼくは前を進んで行くだけではなく、後ろにいる人々も気にしなくてはならない。それは、プロと呼ばれている風水師たちをも指す。

そして、ぼくはグループ組織維持など興味が無い。ただ、共に志を同じくする仲間がいるだけだ。それは、一人という病んだ心の殻に閉じこもった人には理解できない概念なのかもしれない。

心を分かち合える人々と共に風水生活を楽しみ、逍遥とした旅に出る。もちろん、自腹で。商用ではないですぞ。

ぼくはこの国に伝播されていない、ぼくが見聞を広め知った風水文化を人に伝え、この文化圏に根付かせ、溢れ出すように、自分なりの努力を常に先頭に立って行なっている。魑魅魍魎は、騒ぎ出すだろう。光に怯え生きる哀れな者たちが・・・。

何を持って実績というか分からないのですが、雑誌に載った回数や、テレビで放映されたこと、取材を受けたことが、実績というならば、そんな実績は、ぼくに関しては、この先も皆無と言わざるを得ないです。

自分は、本業があり、風水を生業としていないので、自分に誇大広告を打つ必要はないですし、マスコミと共に、捏造、偽造の風水を作り出したりする必要がないですから。(。♋ฺ‸♋ฺ。) 

ぼくは、自分のことを一人の文化人だと定義しています。風水は、文化だから。

そして、悪徳商法と化していたこの歪曲された風水文化にメスを入れてゆく最上の方法は、このブログや本で発表して伝えることです。ブログを見るのは無料だし、本も、3,500円(税別)を越えることはないように、出版しますから。

そして、文字や図を使っても人に伝えることも出来るのです。もし、出来ないならば、過去の古典典籍や経典典籍も必要なかったということになり、誰がこの文字によって伝えられて来た文化というものを否定できるのでしょうか?

そう、ぼくの戦い方は、文化人として、研究を発表し、著作することです。

そして、書かれたものが実績となとなるでしょう。

でも、それだけでは、ぼく自身が愉しくない。

『アゴなしゲンさんとオレ物語』みたいに、痛快な内容が気に入っています(笑)。できれば、自分自身が楽しめるように書きたい。

正しいことを正しい心で行なえば、ぼくを応援してくれる人が居るように、人に伝わるのではないかと考えています。

尋龍点穴をしていて思ったのですが、ただ、振り向いた時に仲間がいる。そんな、皆に、ぼくは支えられているのかもしれないと思いました。

皆の応援、ありがとうございます。

★追伸

ぼくの学んできたありとあらゆるものをどういった意味かはわからないが、要求する人がいるのならば、ぼくも要求するだろう。

「写真と八字ください。」と、言うだろう。

そう、人相と八字のリファレンス・チェックと、その人の持つバックグラウンド、ぼくの心を振るわせ、その人が風水を学ぶことで、この世の中がよくなると言う確信をぼくが持ったのならば、ぼくは喜んで、この文化を伝えるでしょう。しかも、ただで。ある戦士が、ぼくにそうしてくれたように。

あ、でも、本当に送ってくると怖いから、付け加えさせていただくと、本業が忙しくて、そんな時間無いですョ。(・´з`・)

理解しました。
営業うんぬんの方向は確認です。
そっちのほうに反応しましたか。
ごめんなさい。
本意は別です。

外野の付け足しさん

いつも、お心遣いいただきまして、ありがとうございます。
おっしゃる意味は、よくわかります。

このようなキレイごとでは、この腐った世の中を何一つ変えていけないのではないだろかと危惧してくださる点も、ありがたいです。

ただ、ぼくは、本当は、表に出るのが、イヤで堪らないのです。しかし、幾つかの約束事と業で、表でしばし活動を強いられています。

華厳経に「阿修羅は川に半身浸かりながらも、川の流れに流されてはいない」とあります。

ぼくは、既存の方々が歩んできた方法をトレースするのではなく、半身を俗世につけながら、決して流されない自分の仕事をしようと思います。

新しい地平を切り開くために。結局のところ、孤独な戦いですが、理解者がいるのが嬉しいです。

もちろん、ぼくにとても良くして下さり、影から、ぼくをそっと支えてくれる、多くの人がいるから、ぼくは、流されていないのかもしれません。

そうでなかったら、ぼくはとっくにこの濁流に流され、飲み込まれていたかもしれません。

だから、ぼくを支えてくださっている皆様に、今度は、ぼくにだって、皆を支えられる強さがあり、必要とされると証明したい。

これが、ぼくの目下の戦いを通した自分の成長の在り方です。

今は、こんなにも無力だけれども、何時か、皆が望む以上の形で、皆を大きくサポートしたいです。

その時は、心ある友人からのインタビューも受けますし、心ある友人からの取材にも答えます。

もう少し、時間をください。

色々な、ありがたいお話は、いつも私を嬉しくさせますが、ぼくが権威をまとう時は、実力で勝ち得たものであると信じてください。

ぼくは、多くの群生を背負って行くでしょう。そう、何が正しいかは、知識と共に、一般の庶民に理解され、庶民は、取り戻した心と共に、社会の低きから集まり、「何が正しい」かを考えるようになり、この間違った社会の未来と方向性を変えるために立ち上がるでしょう。自分も、そのきっかけの一つに過ぎないのでしょう。

人々の意識が変われば、世界は変わる。意識は世界だから。

解体と創造を繰り返し、世界は変化して行く。

そして、ぼくが風水を歴史と文化の上から捉え直し、見つめ続けた結果、見たものは・・・。

風水は、伝えたい心を表現した言語なのです。ただの技術ではないのです。

言語に心が込められる時、それは胎動し多く社会に受け入れられて行く魔法となるでしょう。

それは、あたかも、秩序正しく言語が整列して行くことが、思想の確立でもあるのですから。多分、この辺りまで、風水を理解しているのは、自分の周りでも、二人ほどのお仲間しかいませんが・・・。

環境保護と謂う社会の中から胎動し始めたキーワードも、風水に心が込められ、胎動し始めた世界を変える魔法の一つのように。

まだまだ、この風水と言う言語は、この社会風土を作り変えてゆく、魔法を持っています。

そこから、力を正しく引き出すのが、ぼくの本当の仕事です。

その時、伝統が伝統を越える瞬間でもあるのですから。そう、伝統から、現代思想へ。風水の持つ、本来の自然観から現れる意識、それは神話の創世なのかもしれません。

あなたは本当に素晴らしい
あなたのお話を聞くことで何年も心の中で殺してきたものが胎動を始めてしまいました。感謝しなくてはならないのはこちらのほうです。

しかしながら、真実ほど人が憎むものはない
危険を安易に誘発してはいけない
堕落者を甘くみてはいけない
これは私が得た教訓です

どうか本道を全うしてください
それが最大の効力を生むということを忘れないでください


この文は公開ご無用は
いつか口頭でいわんとする意味をお伝えしたいと思います