お疲れ様です~ 沖縄戦線より1週間があっという間に過ぎてしまいました。いまだに沖縄ビーチの「巌流島」の写真を見るたびに、ニヤニヤしてしまいます。あれがあれば当分は乗り越えられそうです(笑) 山道先生をうならせる施術を一度受けてみたいものです。 是非、東京に行った際そのクリニックを教えてください。
コロゾフ いや~、あの写真は名場面の連続だったね。 水陸両用のダニエルが縦横無尽に暴れている。(笑) クリニックのアドレスはメールしておくね。 今日、阿藤さんからのお願いで患者さんを治療してたんだけれど、 外気治療に如実に変化した気の性質があらわれた。 自分の気の質感が変化しただけでなく、外気治療における 対患者さんへの気の伝達と患者さんが感じる私の気の質感も 大きく変化したのだと思う。 おかげで外気治療がずいぶん楽になりました。 今日の患者は糖尿病の合併症で腎臓が悪く、 足に痛みがあり、腫れが酷かったのですが、 きっちり、痛みを全部とり、歩いても違和感がなくなりました。 ついでに、足の腫れもとり、全身ポカポカになり、喜んで帰って行きました。 いつもより短時間で、使用した内気も随分抑えてやったのですが、 気の量を減らしても質で補うことができました。 悪いね、コロゾフ。ワシャ、またバージョンアップで、 治療における経歴では、失敗ゼロキープだわ。(笑) 来年、療養所をあの村につくるんだけど、一緒に来るか? 奇跡を見に来ないか。ゼロキープという。 しかも、鬼教官が鍛えてあげるぞ。(笑)
ぎゃぁぁぁぁぁ、空いていたもう一個のフロアーも、今日埋まっちゃった。二つのフロアー共に、二年近く空いていたくせに。 風水を施した後に、この不景気な時代を無視して、二つともテナントやオフィスが決定。( ・ิω・ิ) 問題はオレたちが使う場所がなくなったちゃった。 ウォーターのところ風水を施さないほうが良かったかも。(;◔ิд◔ิ) !!!
山道さん こんばんは。 時速160kmの身体、 山道さんの強い心、命のつながり、細胞・潜在意識の結びつきにビックリです。五術に携わる山道さんの治癒にあたる方は、骨相学の人なんですね。アントニオ猪木さんの技を伝授した方、と想像です。 ウォーターさんに施した些子水法は、地理風水大全のものかな?と想像です。共著の師匠さんに山道さんが見切りをつけても、この技法、ソレ自体は、有効だ、ということを垣間見るチャンスを得ました。 山道さんも名古屋の講演会の時、「250年(?)以上続いた技術でないと僕は使わない。いくつも方法はあるけれどこの些子水法は実際、僕が使ったことのある方法で、そういった意味では安心して下さい」とお聞きしました。 今回、通信講座を聞くチャンスを得ることができませんでした。 また、ご縁ある日まで、自己研鑽をして、水法とは何か?を探ります。 いつも、体験談に基づいたブログでのお話、参考になります。 ありがとうございます。 山道さん。
乾さ~ん いや~、どうもご無沙汰しております。 しかし驚きですね。名古屋講演会での内容を逐一覚えている記憶力に感動しました。 とても恐縮ですが、うれしいです。(´□` ) 些子水法は、そうですね地理風水大全に書かれているものです。 些子水法を厳密に考える上では、成立時期が大体、咸豊二年(1852年)なので、150年ちょっとしか歴史が無いんですけどね。ヽ(゚ロ゚; )ギャアア 完全な風水技術など無いというのが持論で、その中でも精度が出てくるものなので、色々と実験しつつ統計学的な処理も必要になってくるわけです。 今回のウォーターのリアルタイムに決まりましたね。 さっきも電話があって・・・ ウォーター「財神まじでヤバイッす。今仕事も超忙しくなってしまいました。」 との報告が。 しかし、会社の備品を色々と空いたフロアーに置かしてもらっていたのに加え、講座会場としても使っていたので、周りの皆からは、 「何で全部良く済んだよ!一箇所くらい破局つくっておけよ!」 と怒られてしまったのでした。ヽ('A`)ノェェェ 乾さんの風水への情熱に応えて、些子水法のぼくの師匠(現在は師匠でもなんでもありません)さえ気づいていなかった衝撃の真実。 張明澄先生の命日の日に偶然ゲットし、最近では台湾のオークションで完全にゲットしてしまった骨董品の一品をお見せします。一部で申し訳ないですが。 これが ↓ 些子水法150年の歴史の始まり(咸豊二年)の原点であり、原典です。 些子水法の原点
山道さん 拝見しました。 (拝読は氣が起き上がってきません(恥)) 貴重な原典を伝えていただき、 ありがとうございます。 いまは師匠でもなんでもない方ではありながら、 水法だけはしっかり生きている。 魂を持った人に その水法を授けたとき、 また、新しい技術がスタートする。 なんと、 その原典となる別記事をアップしていただき、 胸ワクワク、小躍りしてしまいました(笑) ありがとうございます。 山道さん。 ウォーターさんの「財神まじでヤバイッす。」 本当にやばいのですね。 ますます、風水の奥深さを知りました。 やる氣が湧いて来ます。 (実例がそこにある、ということは、私にも、私たちにもできる、という意味と考えてみています。 でも、財神の方法は、地理風水大全ではない(と認識)し、特別の神さまだから、山道さんだからこその、人と人形と天地・宇宙が感応したものだから、甚大な力が宿っているんだろうなぁ〜、と想像です。) 具体的な技術はちっとも分かりませんが、 その一端に触れるチャンスを得ているジブンに 嬉しさいっぱいです。 ありがとうございます。 山道さん。
乾さ~ん 山道の秘密掲示板へようこそ。(;´・ω・)y そうですね。技術やテクノロジーはなかなか怖いところがありまして、核融合に成功して以来、それは様々な試みと共に用いられてきました。 心無い人にコントローラーを握られると大変なことが起こります。 例えば、トルーマンはそのボタンを押してしまいましたが、もし別の人だったら違う結果が出ていたかもしれません。 また、風水に「学」をつけて呼ぶのならば、研究は続けられるべきだと思います。それは、学者だけの特権ではなく、大いに民間の実践家たちに根付く研究だったのは風水の歴史のとおりであります。 そして、研究にとって原典は欠かすことのできないものであり、そこからどのように発生して派生したのかを追ってゆくことに研究の楽しさがあります。 特に今楽しんでいるのが、『玉髄經』ですね。これは通信講座の中級Bで翻訳と解釈を発表しているんですけれども、これは巒頭派にとって非常に重大な意味を持つ一冊です。 以下にプチコーナーとして例解を一つしますね。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■『玉髄經』の世界■■■■■■■■■■■■■■■■■ その内容は、禅問答と呼ぶのに相応しい謎かけの連続で、「気」と「形」、どうしてその象徴性は、人間意識に根付く影響を発露するのかが、明確に暗号と共に説かれています。 『地理風水大全』でも説明しましたが、五星形体と呼ばれる五行を象徴した山の形があります。 その形を太祖山として起きて穴を結ぶまで龍脈は走って行くわけですが、その山の連なり、つまり巒(やまなみ)の形だけで、龍脈から龍穴を読み解こうとすると手痛い過ちを犯してしまいます。 例えば、一つ例を挙げますと、火星は禄(稼ぎ・福禄)をあらわし「禄気」の性質を備えるわけですが、火の形をした山が「穿(龍脈)」と呼ばれ、一本の「変(過脈)」となり「伝(過峽)」を形成しながら幾重にも形を変えては山が連なって続いて行くわけですが、ここに現れてくる形と形の組み合わせだけでは解決できないたくさんの示唆を「気」という観点から含むのです。 例えば、火星の三台と呼ばれる三つの尖った山の形から「伝(過峽)」を形成し、土形の土星の山に連なったとしましょう。 その時、五行相生において火は土を生じるので、穴に向かう相生の関係は縁起が良いといえます。 しかし、ここで問題は穴を結ぶ場所の父母山の形と太祖山の形に非常に留意することが促されます。 その原因は「気」なのです。太祖より起こり山の形が持つとされるそれぞれの五行の性質の気が、如何に穴まで運ばれるかというプロセスを「気」の性質と量の二つの側面で古代人たちは観察を続けてきました。 例えば、五行相生の順に山の形が変化するから良いとは一概に言えず、どのようなプロセスとともに父母山を形成し、どのような気の性質と量が穴に流れ込むかを測る指針を古代人たちは持っていました。 先ほどの例解の続きに話を戻して説明すると、火星の太祖山より起こりし龍脈にあって、火星の三台を形成し、そこから土星に連なったときに、そこに起きている「気」の性質とは一体何なのでしょうか? 尖った火星の三台は鍬をあらわし、土星の性質である土気を三又に分かれた三又の鍬(火気)が耕すために、火星の持つ火気はこの土星の中を通過して穴に向かうことができるのです。 「気」とは秩序を維持する働きであり、その秩序をあらわしたものが形でもあるのです。 この様な世界観は、身近なお話として日本昔話の世界に似ていませんか? そう、おじいちゃんがぼそっと言いますね。 おじいちゃん「あの海には近づくな、あそこには人の足を引っ張る妖怪がいるんじゃ。」 その民間伝承のあった場所を現代の科学的な調査で調べてみると、特殊な対流が海中にできており、そこを泳ぐとそのままその対流に足を引っ張られるように引きずり込まれてドザエモンになってしまう。 つまり、民間伝承的に妖怪がいるから危険という認識を持つのも、科学的に海面からは見えないが対流が渦をつくっており危険という認識を持つのも、同じく危険だという現象としての結論に達するわけです。 現象としての容態に科学的なメスを加えるよりも、帰結する答えを自由自在に使いこなしていこうとするところに、風水の面白みがありますが、「気」というロジックのうえではそこに自然科学として成り立つ秩序としての論理があるのが風水です。 この辺りが、巒頭派は形ばかりしか観察していないと、大きく誤解されてしまうところですが、そこには「気」を追う作業が根底にあると言うことです。 そして、それはとりもなおさず「気の哲学」なのです。その思弁方法と思惟は著しく西洋哲学とも異なり、この様な思考的プロセスを『玉髄經』という巒頭派のバイブルで行われる禅の考案を悟るがごとき作業を通して、習得が可能なのです。そして、それは卑近な例であるならば、「日本昔話」の世界観であり、自然を守ろうとしてきた人々の大いなる知恵が隠されており、多くの人が風水における巒頭の看法について学ぶことでその意識は触発されるような構造を持っています。 そういった意味もあって、私は今『風水のある旅(仮題)』の執筆に取り組み、人々が「気の哲学」からその帰結をっもって景観を見つめることにより、取り返しのつかない恐るべき環境破壊から意味を見出し、その恐るべき悪い影響を改善しようともっと自然を愛することができる心の発露を求めています。 知恵はただ隠しておけばよいと代物ではなく、必要な時代、必要なときに知恵は明かされ、そして、我々は古代人の知恵に触れ、見習うことで、大事なものを守ることも可能なのだと信じています。それは、古代人の残した経典籍との対話から端を発し、いま一つの確信に変わりました。 この時代に問いたいです。 「大事なものって何なのでしょうか?」と。 この本を通じて語ることができれば幸いであります。 追伸 原稿の提出が遅れているのをお許しください。 (ノ´Д`)ノ ア~メン。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ おっと、ヤバイ。(o・x・) 『玉髄經』の翻訳を早く終えないと、中級B受講者に殺される。ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!! 図版も書きながらやったりとお時間がかかってます。 馬周祖墳 今回の翻訳はとりわけ難しかったのぉ。ヽ('A`)ノェェェ 追伸 ウォーターが今日水を届けてくれたときに言ってましたが、最後に空いていたフロアーに関しては、同時に幾つも申し込みが入り、ウォーター側がより良い条件を選んで決めたとのことです。不景気なご時勢に贅沢なお話ですなー。
山道さん おはようございます。 原典翻訳のお話、ありがとうございます。 生の講座の一部を垣間みるチャンスをありがとうございます。 玉髄經は地理風水大全で言えばP261の第四巻「龍法五星変名各部」からありますね。 山道さんのお話 ↓ 「気」とは秩序を維持する働きであり、その秩序をあらわしたものが形でもあるのです。 ↑ ここまで ある秩序は氣に表れ、氣をつくっている性質は形で表現されている。形を読み解けば、形の内にある氣が分かる、そう理解してみました。 形から伝えようとする五行が山にはきっとあるから、例えば大祖山が火なら、その火の性質を古代の人は形から読み解こうとした。 だから例えば、過峡で大祖山と繋がった祖山=土の五行とした時、がどう火の五行(鍬=三つ又)と絡んでいくのか、その形から維持された秩序を氣と捉え、古代の人は氣の意味を抽出しようとした。 山道さんのお話 ↓ 「現象としての容態に科学的なメスを加えるよりも、帰結する答えを自由自在に使いこなしていこうとするところに、風水の面白みがありますが、「気」というロジックのうえではそこに自然科学として成り立つ秩序としての論理があるのが風水です。」 ↑ ここまで 日本昔話のように「妖怪に足をひっぱられる」と危険だという、端的な結論が、風水にもある。だから楽しい。 しかし、それはただ、楽しいだけに終わらず、論理がある。自由自在に氣の気質を読み解く論理(ロジック)があり、地理風水の論理から、氣の吉凶の結論を、論理的に風水は知ることができる。 地理風水の論理の中に、氣の変化を知る喜びがある。 その喜びは、地球環境を守る。地域の山川を守る、そういった意識へもむすびつく。 食物連鎖と同じように、山のどれかが欠けても、穴へは龍は流れない。山、川の美しさは、それがまるごとセットになった時、大地、天地の喜びとして,私たちの目の前に穴として現れる。 そんなことを想像しました。 なんか嬉しい氣づきです。 あったかい心が流れてきます。 貴重なお話をありがとうございます。 山道さん。 『玉髄經』の中にある 魂を私たち現代の日本人にも分かる翻訳作業、 そして、誰もが見える、このブログ、という環境で 無償で得ていることに、山道さんの、おおきな心を受け取っています。 馬周祖墳、拝見いたしました。 今度は日本語だったので文字だけは拝読できました(やった〜!(笑)) 絵心あります。あります(笑)。 古代の人の絵と思いました ぐねぐね曲がる水が、財の吉を集めるんだなぁ 、やっぱり、と絵を見ての感想です
乾さ~ん いつも熱いメッセージを頂きまして、ありがとうございます。 馬周祖墳(馬周の先祖の墓)の図には、何故、馬周 が、48歳という若さでなくなったのかが、風水のロジックで解き明かされています。 これは原典の『玉髄經』には含まれずに、その後の『玉髄真經』の中で解説されています。 こうやって「気」を量で見ようとすると龍脈の大小の区分けがあります(それだでは無いですが)。 そして、「気」を質で見ようとすると先に挙げた例解のように、火気を宿した火星の三台山が、鎡基(じき)と呼ばれる農具である三叉の鍬や鋤となり、形の上での相性が生まれ、それが気の質として土星に宿る土気と相通じる。 そして、その相性である縁起観は、まるで日本昔話のような滑稽なお話にも聞こえますが、そこに「気の世界」を読解する答えが広がっているのです。 その様な関係を見据えるならば、まるで禅の考案のごとき世界観ともダブり、如何に禅が「気の世界」の読解において秀でた教えであるかが如実に伝わってきます。 そんな想像と浪漫がある風水の世界をこれからも、楽しんでくださいませ。 皆様の拡張する意識と風水の探求を蔭ながら応援しております。 やまみち
コメント:ある日常
お疲れ様です~
沖縄戦線より1週間があっという間に過ぎてしまいました。いまだに沖縄ビーチの「巌流島」の写真を見るたびに、ニヤニヤしてしまいます。あれがあれば当分は乗り越えられそうです(笑)
山道先生をうならせる施術を一度受けてみたいものです。
是非、東京に行った際そのクリニックを教えてください。
コロゾフ
いや~、あの写真は名場面の連続だったね。
水陸両用のダニエルが縦横無尽に暴れている。(笑)
クリニックのアドレスはメールしておくね。
今日、阿藤さんからのお願いで患者さんを治療してたんだけれど、
外気治療に如実に変化した気の性質があらわれた。
自分の気の質感が変化しただけでなく、外気治療における
対患者さんへの気の伝達と患者さんが感じる私の気の質感も
大きく変化したのだと思う。
おかげで外気治療がずいぶん楽になりました。
今日の患者は糖尿病の合併症で腎臓が悪く、
足に痛みがあり、腫れが酷かったのですが、
きっちり、痛みを全部とり、歩いても違和感がなくなりました。
ついでに、足の腫れもとり、全身ポカポカになり、喜んで帰って行きました。
いつもより短時間で、使用した内気も随分抑えてやったのですが、
気の量を減らしても質で補うことができました。
悪いね、コロゾフ。ワシャ、またバージョンアップで、
治療における経歴では、失敗ゼロキープだわ。(笑)
来年、療養所をあの村につくるんだけど、一緒に来るか?
奇跡を見に来ないか。ゼロキープという。
しかも、鬼教官が鍛えてあげるぞ。(笑)
ぎゃぁぁぁぁぁ、空いていたもう一個のフロアーも、今日埋まっちゃった。二つのフロアー共に、二年近く空いていたくせに。
風水を施した後に、この不景気な時代を無視して、二つともテナントやオフィスが決定。( ・ิω・ิ)
問題はオレたちが使う場所がなくなったちゃった。
ウォーターのところ風水を施さないほうが良かったかも。(;◔ิд◔ิ) !!!
山道さん
こんばんは。
時速160kmの身体、
山道さんの強い心、命のつながり、細胞・潜在意識の結びつきにビックリです。五術に携わる山道さんの治癒にあたる方は、骨相学の人なんですね。アントニオ猪木さんの技を伝授した方、と想像です。
ウォーターさんに施した些子水法は、地理風水大全のものかな?と想像です。共著の師匠さんに山道さんが見切りをつけても、この技法、ソレ自体は、有効だ、ということを垣間見るチャンスを得ました。
山道さんも名古屋の講演会の時、「250年(?)以上続いた技術でないと僕は使わない。いくつも方法はあるけれどこの些子水法は実際、僕が使ったことのある方法で、そういった意味では安心して下さい」とお聞きしました。
今回、通信講座を聞くチャンスを得ることができませんでした。
また、ご縁ある日まで、自己研鑽をして、水法とは何か?を探ります。
いつも、体験談に基づいたブログでのお話、参考になります。
ありがとうございます。
山道さん。
乾さ~ん
いや~、どうもご無沙汰しております。
しかし驚きですね。名古屋講演会での内容を逐一覚えている記憶力に感動しました。
とても恐縮ですが、うれしいです。(´□` )
些子水法は、そうですね地理風水大全に書かれているものです。
些子水法を厳密に考える上では、成立時期が大体、咸豊二年(1852年)なので、150年ちょっとしか歴史が無いんですけどね。ヽ(゚ロ゚; )ギャアア
完全な風水技術など無いというのが持論で、その中でも精度が出てくるものなので、色々と実験しつつ統計学的な処理も必要になってくるわけです。
今回のウォーターのリアルタイムに決まりましたね。
さっきも電話があって・・・
ウォーター「財神まじでヤバイッす。今仕事も超忙しくなってしまいました。」
との報告が。
しかし、会社の備品を色々と空いたフロアーに置かしてもらっていたのに加え、講座会場としても使っていたので、周りの皆からは、
「何で全部良く済んだよ!一箇所くらい破局つくっておけよ!」
と怒られてしまったのでした。ヽ('A`)ノェェェ
乾さんの風水への情熱に応えて、些子水法のぼくの師匠(現在は師匠でもなんでもありません)さえ気づいていなかった衝撃の真実。
張明澄先生の命日の日に偶然ゲットし、最近では台湾のオークションで完全にゲットしてしまった骨董品の一品をお見せします。一部で申し訳ないですが。
これが ↓ 些子水法150年の歴史の始まり(咸豊二年)の原点であり、原典です。
些子水法の原点
山道さん
拝見しました。
(拝読は氣が起き上がってきません(恥))
貴重な原典を伝えていただき、
ありがとうございます。
いまは師匠でもなんでもない方ではありながら、
水法だけはしっかり生きている。
魂を持った人に
その水法を授けたとき、
また、新しい技術がスタートする。
なんと、
その原典となる別記事をアップしていただき、
胸ワクワク、小躍りしてしまいました(笑)
ありがとうございます。
山道さん。
ウォーターさんの「財神まじでヤバイッす。」
本当にやばいのですね。
ますます、風水の奥深さを知りました。
やる氣が湧いて来ます。
(実例がそこにある、ということは、私にも、私たちにもできる、という意味と考えてみています。
でも、財神の方法は、地理風水大全ではない(と認識)し、特別の神さまだから、山道さんだからこその、人と人形と天地・宇宙が感応したものだから、甚大な力が宿っているんだろうなぁ〜、と想像です。)
具体的な技術はちっとも分かりませんが、
その一端に触れるチャンスを得ているジブンに
嬉しさいっぱいです。
ありがとうございます。
山道さん。
乾さ~ん
山道の秘密掲示板へようこそ。(;´・ω・)y
そうですね。技術やテクノロジーはなかなか怖いところがありまして、核融合に成功して以来、それは様々な試みと共に用いられてきました。
心無い人にコントローラーを握られると大変なことが起こります。
例えば、トルーマンはそのボタンを押してしまいましたが、もし別の人だったら違う結果が出ていたかもしれません。
また、風水に「学」をつけて呼ぶのならば、研究は続けられるべきだと思います。それは、学者だけの特権ではなく、大いに民間の実践家たちに根付く研究だったのは風水の歴史のとおりであります。
そして、研究にとって原典は欠かすことのできないものであり、そこからどのように発生して派生したのかを追ってゆくことに研究の楽しさがあります。
特に今楽しんでいるのが、『玉髄經』ですね。これは通信講座の中級Bで翻訳と解釈を発表しているんですけれども、これは巒頭派にとって非常に重大な意味を持つ一冊です。
以下にプチコーナーとして例解を一つしますね。
■■■■■■■■■■■■■■■■■『玉髄經』の世界■■■■■■■■■■■■■■■■■
その内容は、禅問答と呼ぶのに相応しい謎かけの連続で、「気」と「形」、どうしてその象徴性は、人間意識に根付く影響を発露するのかが、明確に暗号と共に説かれています。
『地理風水大全』でも説明しましたが、五星形体と呼ばれる五行を象徴した山の形があります。
その形を太祖山として起きて穴を結ぶまで龍脈は走って行くわけですが、その山の連なり、つまり巒(やまなみ)の形だけで、龍脈から龍穴を読み解こうとすると手痛い過ちを犯してしまいます。
例えば、一つ例を挙げますと、火星は禄(稼ぎ・福禄)をあらわし「禄気」の性質を備えるわけですが、火の形をした山が「穿(龍脈)」と呼ばれ、一本の「変(過脈)」となり「伝(過峽)」を形成しながら幾重にも形を変えては山が連なって続いて行くわけですが、ここに現れてくる形と形の組み合わせだけでは解決できないたくさんの示唆を「気」という観点から含むのです。
例えば、火星の三台と呼ばれる三つの尖った山の形から「伝(過峽)」を形成し、土形の土星の山に連なったとしましょう。
その時、五行相生において火は土を生じるので、穴に向かう相生の関係は縁起が良いといえます。
しかし、ここで問題は穴を結ぶ場所の父母山の形と太祖山の形に非常に留意することが促されます。
その原因は「気」なのです。太祖より起こり山の形が持つとされるそれぞれの五行の性質の気が、如何に穴まで運ばれるかというプロセスを「気」の性質と量の二つの側面で古代人たちは観察を続けてきました。
例えば、五行相生の順に山の形が変化するから良いとは一概に言えず、どのようなプロセスとともに父母山を形成し、どのような気の性質と量が穴に流れ込むかを測る指針を古代人たちは持っていました。
先ほどの例解の続きに話を戻して説明すると、火星の太祖山より起こりし龍脈にあって、火星の三台を形成し、そこから土星に連なったときに、そこに起きている「気」の性質とは一体何なのでしょうか?
尖った火星の三台は鍬をあらわし、土星の性質である土気を三又に分かれた三又の鍬(火気)が耕すために、火星の持つ火気はこの土星の中を通過して穴に向かうことができるのです。
「気」とは秩序を維持する働きであり、その秩序をあらわしたものが形でもあるのです。
この様な世界観は、身近なお話として日本昔話の世界に似ていませんか?
そう、おじいちゃんがぼそっと言いますね。
おじいちゃん「あの海には近づくな、あそこには人の足を引っ張る妖怪がいるんじゃ。」
その民間伝承のあった場所を現代の科学的な調査で調べてみると、特殊な対流が海中にできており、そこを泳ぐとそのままその対流に足を引っ張られるように引きずり込まれてドザエモンになってしまう。
つまり、民間伝承的に妖怪がいるから危険という認識を持つのも、科学的に海面からは見えないが対流が渦をつくっており危険という認識を持つのも、同じく危険だという現象としての結論に達するわけです。
現象としての容態に科学的なメスを加えるよりも、帰結する答えを自由自在に使いこなしていこうとするところに、風水の面白みがありますが、「気」というロジックのうえではそこに自然科学として成り立つ秩序としての論理があるのが風水です。
この辺りが、巒頭派は形ばかりしか観察していないと、大きく誤解されてしまうところですが、そこには「気」を追う作業が根底にあると言うことです。
そして、それはとりもなおさず「気の哲学」なのです。その思弁方法と思惟は著しく西洋哲学とも異なり、この様な思考的プロセスを『玉髄經』という巒頭派のバイブルで行われる禅の考案を悟るがごとき作業を通して、習得が可能なのです。そして、それは卑近な例であるならば、「日本昔話」の世界観であり、自然を守ろうとしてきた人々の大いなる知恵が隠されており、多くの人が風水における巒頭の看法について学ぶことでその意識は触発されるような構造を持っています。
そういった意味もあって、私は今『風水のある旅(仮題)』の執筆に取り組み、人々が「気の哲学」からその帰結をっもって景観を見つめることにより、取り返しのつかない恐るべき環境破壊から意味を見出し、その恐るべき悪い影響を改善しようともっと自然を愛することができる心の発露を求めています。
知恵はただ隠しておけばよいと代物ではなく、必要な時代、必要なときに知恵は明かされ、そして、我々は古代人の知恵に触れ、見習うことで、大事なものを守ることも可能なのだと信じています。それは、古代人の残した経典籍との対話から端を発し、いま一つの確信に変わりました。
この時代に問いたいです。
「大事なものって何なのでしょうか?」と。
この本を通じて語ることができれば幸いであります。
追伸
原稿の提出が遅れているのをお許しください。
(ノ´Д`)ノ ア~メン。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
おっと、ヤバイ。(o・x・)
『玉髄經』の翻訳を早く終えないと、中級B受講者に殺される。ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!!
図版も書きながらやったりとお時間がかかってます。
馬周祖墳
今回の翻訳はとりわけ難しかったのぉ。ヽ('A`)ノェェェ
追伸
ウォーターが今日水を届けてくれたときに言ってましたが、最後に空いていたフロアーに関しては、同時に幾つも申し込みが入り、ウォーター側がより良い条件を選んで決めたとのことです。不景気なご時勢に贅沢なお話ですなー。
山道さん
おはようございます。
原典翻訳のお話、ありがとうございます。
生の講座の一部を垣間みるチャンスをありがとうございます。
玉髄經は地理風水大全で言えばP261の第四巻「龍法五星変名各部」からありますね。
山道さんのお話
↓
「気」とは秩序を維持する働きであり、その秩序をあらわしたものが形でもあるのです。
↑
ここまで
ある秩序は氣に表れ、氣をつくっている性質は形で表現されている。形を読み解けば、形の内にある氣が分かる、そう理解してみました。
形から伝えようとする五行が山にはきっとあるから、例えば大祖山が火なら、その火の性質を古代の人は形から読み解こうとした。
だから例えば、過峡で大祖山と繋がった祖山=土の五行とした時、がどう火の五行(鍬=三つ又)と絡んでいくのか、その形から維持された秩序を氣と捉え、古代の人は氣の意味を抽出しようとした。
山道さんのお話
↓
「現象としての容態に科学的なメスを加えるよりも、帰結する答えを自由自在に使いこなしていこうとするところに、風水の面白みがありますが、「気」というロジックのうえではそこに自然科学として成り立つ秩序としての論理があるのが風水です。」
↑
ここまで
日本昔話のように「妖怪に足をひっぱられる」と危険だという、端的な結論が、風水にもある。だから楽しい。
しかし、それはただ、楽しいだけに終わらず、論理がある。自由自在に氣の気質を読み解く論理(ロジック)があり、地理風水の論理から、氣の吉凶の結論を、論理的に風水は知ることができる。
地理風水の論理の中に、氣の変化を知る喜びがある。
その喜びは、地球環境を守る。地域の山川を守る、そういった意識へもむすびつく。
食物連鎖と同じように、山のどれかが欠けても、穴へは龍は流れない。山、川の美しさは、それがまるごとセットになった時、大地、天地の喜びとして,私たちの目の前に穴として現れる。
そんなことを想像しました。
なんか嬉しい氣づきです。
あったかい心が流れてきます。
貴重なお話をありがとうございます。
山道さん。
『玉髄經』の中にある
魂を私たち現代の日本人にも分かる翻訳作業、
そして、誰もが見える、このブログ、という環境で
無償で得ていることに、山道さんの、おおきな心を受け取っています。
馬周祖墳、拝見いたしました。
今度は日本語だったので文字だけは拝読できました(やった〜!(笑))
絵心あります。あります(笑)。
古代の人の絵と思いました
ぐねぐね曲がる水が、財の吉を集めるんだなぁ
、やっぱり、と絵を見ての感想です
乾さ~ん
いつも熱いメッセージを頂きまして、ありがとうございます。
馬周祖墳(馬周の先祖の墓)の図には、何故、馬周 が、48歳という若さでなくなったのかが、風水のロジックで解き明かされています。
これは原典の『玉髄經』には含まれずに、その後の『玉髄真經』の中で解説されています。
こうやって「気」を量で見ようとすると龍脈の大小の区分けがあります(それだでは無いですが)。
そして、「気」を質で見ようとすると先に挙げた例解のように、火気を宿した火星の三台山が、鎡基(じき)と呼ばれる農具である三叉の鍬や鋤となり、形の上での相性が生まれ、それが気の質として土星に宿る土気と相通じる。
そして、その相性である縁起観は、まるで日本昔話のような滑稽なお話にも聞こえますが、そこに「気の世界」を読解する答えが広がっているのです。
その様な関係を見据えるならば、まるで禅の考案のごとき世界観ともダブり、如何に禅が「気の世界」の読解において秀でた教えであるかが如実に伝わってきます。
そんな想像と浪漫がある風水の世界をこれからも、楽しんでくださいませ。
皆様の拡張する意識と風水の探求を蔭ながら応援しております。
やまみち