現代では、1800年前と戦闘のカタチが変わっただけで、実際、この瑣末な日常という埃に覆われた世界の中から、起きた者たちは、この現代の社会生活の中に、1800年前の三国志時代よりも、激しい戦争を見出すでしょう。
国家、経済、政治、環境、建築、農業など、どれ一つとってみても、戦争の陣形にしか見えないし、そこには激烈な戦闘が潜んでいる。
今日は、フルチンで飛び起きて、いきなり戦闘に巻き込まれてしまった。ある建築業界の漢(オトコ)の物語である。それは、建築業界の覚書となるべく、ブログというカタチで刻み込まれ始めた暴露から始まり、「この腐った世界を変えるためには?」どうすれば良いかを模索する。
漢(オトコ)イスカンダルの闘争が、ここにある。
建道家イスカンダル
ダニエルは、いつも「首にされるのが怖くないのか、このサラリーマンは!」と、ドキドキしながら、応援しているのである。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)
イスカンダルさ~ん!(。≖ฺ‿ฺ≖ฺ)
どうやって、この隙のない陣形を打ち破り、どうやって、勝利できるというの?(;◔ิд◔ิ) !!!
文字通り、保身を捨て、一命を投げ打つしかないという圧倒的な戦力差である。( ・ノз・)
誰がこんなバカげた戦争に参戦するのだろうか?ヽ(`△´)/
そう、イスカンダルさんは、建築業界を変えるために、この戦争に参加し、きっつい陣形に切り込む滑稽でフルチンな漢(オトコ)だ。それは、風車小屋に挑むドンキホーテだ。( ゜ 3゜)
ゴメン。フルチンは言い過ぎだ。(。→ˇ艸←)
しかし、滑稽だからこそ、あなたは最高に輝いている。(。≖ฺ‿ฺ≖ฺ)
孟子に代表される王に提言する遊説家は並外れた知識で相手を説き伏せる口舌の徒であり、国から国へと旅をし、都市に流入する異人(アウトサイダー)でもあった。こうした尋常ならざる弁舌のパフォーマンスを古代中国では滑稽と呼んだのだ。
そう、イスカンダルさんも言うだろう
イスカンダル:「ダニエルのほうこそ、滑稽だろ!(╬☉д⊙) 」
ぼくらの使う「滑稽」とは、ただの道化の意味ではない。アウトサイダーとして、国家相手でもひるむことのない並外れた能力を持つ、尋常ならざるパフォーマンスを誇る一人の戦士としての意味で、「滑稽」なのだ。
こんな、滑稽な仲間と肩を並べて、共に、この勝てそうもない戦争に、命を落とすとわかっていて、戦おうとする朋友に、生命の輝きだけでなく、古代意識からレコードされ、人々の集合無意識に潜む、108の象徴化された原型意識の一つを見出す。
あなたを108の星の一つとして、この夜空で見つけた喜びは望外なものだった。
そう。イスカンダルさんも、既に、イスカンダルさんの大好きalanちゃんの歌じゃないですけれど、「心・戦」状態に突入していますよ。我々は、すでに戦争に巻き込まれ、敵陣の中に深く、斬り入っている。
顧客の人格や生活に至るまで、全てを謀殺する理不尽な権力に抑えられた建築業界で、内部事情を告発、糾弾し、戦いを始めるなど、公私混同である。だからこそ、自分の人格を統合して、この戦争に一途に自らの生命を投げ与え、試し、そこから命を拾おうともがく、イスカンダルさんの勇姿に度肝を抜かれる。
心と心を繋いでいる微かな光だけが、ぼくたちの唯一無二の絆だ。だから、ぼくたちは、輝かなくてはならない。互いの位置を知らせあうために。
そして、己を信じることが、より強力な武器を練り上げる。過酷な戦場で、唯一頼れるのは助けに来てくれる戦友ではない。戦場に残されて、戦友を待つだけの軟弱者は、戦争に参加するべきではない。
死を賭して臨む戦場に、必要なのは、助けではない。強靭な武器なのである。そして、武器とは即ち、己を信じる力であり、奮闘するその場所で、戦う自分という存在をどこまで理解し、どこまで「自分を信じる」ことが出来るかが、武器の強さを決める。
そして、仲間を待つのではなく、「仲間をどこまで信じれるか?」が、戦いを勝利へ導く、奇跡を起こすと信じている。
漢イスカンダルは吼える。
イスカンダル:「やはり、建築業界への切り込み隊長は、日本中捜しても
僕にしかできない役なので・・・世の中に『きれいごと』を叫びます!」
何でだろう?
いつも、イスカンダルさんからのコメントや言葉から、ぼくの頭の中でフレーズが広がる。
そう、イスカンダルさんは、すでに、ぼくのブログの真諦である「神功」の火を盗み出して、ブログで体言している。それは、プロメテウスの火だ!
巨神族のプロメテウスとエピメテウスは兄弟で、「プロメテウス」は「先に考える」という意味で「エピメテウス」は「後で考える」という意味。プロメテウスには名前のように未来を見通す能力があったんだ。
エピメテウスの嫁が、かの有名なパンドラで、それは、人間に火を伝えたプロメテウスへの逆襲のためにゼウスにセットされたプログラムだった。
ある日エピメテウスが外出しているときでした。パンドラが地上に降りて来たとき持って降りて来た壺をパンドラは見ていました。神々から、「決して開けてはならない。」と言われたのを思い出しましたがどうしても開けたくなりました。
パンドラがそっと壺を開けると中から、病気、苦悩、裏切り、不信、盗みなどの諸悪の根源が煙になって人間の世界に広がりました。それ以来人間の世界には人間同士の闘争が続き多くの人間が死にました。
パンドラは自分の責任だと嘆きました。エピメテウスは以前に兄のプロメテウスからもらった小箱をパンドラに手渡しました。パンドラは用心して小箱を振ってみました。すると中から、「私を出してください。私は希望です。」と声がしました。
「希望って何なの。」とまだ世の中に希望がなかったので二人は尋ねました。
「心の火です。苦しんでいる人の心に忍耐力を与えるだけでなく困難を克服する努力や勇気を与えるものです。」と箱の中から答えました。
こうして小箱からでた「希望」は人の心に入り心に火を与え続けています。考え深いプロメテウスはゼウスが人間を苦しめたときのことも考えて「希望」を小箱に入れておいたのです。
「パンドラ」の「パン」は「すべて」という意味で「ドラ」は「贈り物」という意味。神々からの贈り物がこの世の諸悪であるというのは人間サイドからは残念な話しであり、そうした事態を予測したプロメテウスからの贈り物は「心の火」である「希望」だったのです。プロメテウスは人間に物理的な「火」と精神的な「火」を贈り人間を物理的、精神的にも支え続けているとされる。
今日も、ダニエル&イスカンダルは、世界の中心でフルチンになって「愛(きれいごと)」を叫ぶのだ!たとえ、投獄されても、ぼくらは叫び続けるだろう!ヽ(`△´)/
ダニエル&イスカンダル:「コンコンコン、私たちを出してくださいな。ここチャイナ!? 私たちは希望ですよ。」
監獄獄長:「この世界に楯突く!露出狂の犯罪者どもめ!黙らぬか!」
ダニエル&イスカンダル:「私たちは、ただのフルチンになったチン○な犯罪者じゃありません。心の火です。苦しんでいる人の心に忍耐力を与えるだけでなく困難を克服する努力や勇気を与えるものです。」
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージGiovanni Battista Piranesi(1720-1778)
イタリアのヴェネト州モリアーノ生まれ。20才でローマに移る。建築学や考古学の造詣を活かし、都市景観や古代遺跡の版画集、装飾品の単品版画などを多数発表した。代表的版画集「幻想の牢獄」(上の写真二枚)は架空の建築を描いたもの。
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