張明彦氏による仙道・密教シリーズ第三弾となる
『仙道双修の秘法』の献本が届いた。
いつもごっそりと頂きまして太玄社さん、恐縮であります。(笑)
さて、これまで「発刊に寄せて」ということで、版元から頼まれてあとがきの文章を書いていたのですが、今回は趣向を変えて、本書を読んで、こんな補足説明があったらいいな、こういう角度で仙道を見つめてみるのもいいなと、徒然と思うこと書き綴り、気づいたら、幾分かカットされても9ページほどあり、せっかくなので紙面を頂き「仙道の基本概念」ということでいくつかテーマを絞り、補足として巻末に寄稿させていただきました。
自分で書いた文章を自分のブログに掲載するので著作権の問題はクリアーしていると思います。(笑)それではここに転載いたしますね。
仙道の基本概念
仙道を学ぶにあたって理解が必要となる基礎的な概念について、以下に補足及び説明していきます。
三宝(精・気・神)
天に日、月、星の三宝がある。地に水、火、風の三宝がある。人に精、気、神の三宝がある。人間の身体内をめぐる三つの精、気、神は三宝とされ、古代養生家たちが長寿を達成するために用いた体内にある原材料でした。それぞれを簡単に説明しておきます。
精には陽精、陰精、元精、五臓の精などの呼称や区分があり、有形化された生命の物質として唾液、汗、精液、尿、血液、リンパ液、関節液、髄液などの体液を指す総称です。精は血であり、人体内の血管をめぐるものが代表的な精への説明となります。
気は後天の気、先天の気という区別があり、後天の気(米殻の気)は飲食物から得られ体内でつくられます。先天の気は両親から受け継がれ腎臓に保存され生命を維持する働きがあり、陽気、陰気の区別があります。気は人体を維持する秩序であり、人体内の経絡をめぐるものが代表的な気への説明となります。
神は元神、識神の区別があります。人が歳月とともに成長する過程で、識神は成長しますが元神は衰えていきます。識神は思惟の神(精神・思考活動)であり、人が生きる過程でさまざまな認識をし、思考活動をする動的なものであり、これに反して元神は静的であり、無知無識の混沌とした状態です。神は神経エネルギー(活動電位)であり、人体内の神経をめぐるものが代表的な神への説明となります。
男女双修と性命双修
次に、三宝と呼ばれる三種の精・気・神をどのように用いて、身体を開発し、長寿を目指し、悟道を得ようとするかの功法について説明していきます。
精気はしばし水に喩えられ、神は水の中にいる魚に喩えられます。精が旺じれば気も足りて神に喩えられる魚も元気になりますが、精が渇けば気も枯れて魚も死んでしまいます。柳華陽(龍門派第九代)は「精とは気の母で、神とは気の子供」だといいます。この三つのエネルギーの転化を試みて補充していくのが、仙道の基本である築基となります。
精と気を交える、気と神を交える、気と気を交える、神と神を交える、などといった具合に、三宝を用いてエネルギーを変化させます。 これらは「煉精化気」(精を煉って気と化す)、「煉気補気」(気を煉って気を補う)、「煉気化神」(気を煉って神と化す)、「煉神還虚」(神を煉って虚に還す)と呼ばれます。
また、気を煉ることを「命功」といい、神を煉ることを「性功」といいます。「性功」とは人間の悟性を修めるもので、「命功」とは身体の健康と長寿を修めるのが目的です。王重陽(王喆1112〜1170年)によって成立した北派の内丹術は、心性を重点的に修錬するのが特徴です。王重陽は、「命は元神であり、性は元気であり、名は性命というのである」と述べ、この二つを修めることを主眼としたのが「性命双修」(性と命の両方を修めること)なのです。
性命双修は全真道北派の中でも最大の流派となり、このような性命双修は邱処機(1148〜1227年)によって開かれた龍門派、後代の伍守陽(1565〜1644年)と清代の僧である柳華陽の呼び名から後世において伍柳派と呼ばれる流派や、この系譜に連なる後の千峰派の趙避塵(1860〜1942年)に見られる功法の特徴でもあります。
五代以降に発展した南派・北派・中派・東派・西派・三峯派、三丰派、文始派、青城派などの門派があり、丹法を天元・地元・人元と区分けしていることに特徴があります。なかでも南派、東派、西派、青城派、三丰派における人元丹法は本書のテーマである「男女双修」(男女双修栽接)の房中術という要素を取り入れた功法となっています。
北派清浄派の系譜である邱処機が全真道龍門派となる教団を開き布教に成功しました。龍門派は厳格な出家住庵制度があり、比較的高い道徳性を備えていました。また、その教えには儒教や仏教の教義が整備され、大きな宗派になったことにより、これまでの他流派における「男女双修」の技法は宗教における道徳心という問題から、再び清浄派の功法としての「性命双修」が強く提起されています。
もちろん、清浄丹法の修行法(清浄派)と男女双修をあわせて修錬をする三丰派のような流派もあります。他にも清修派の代表格である北派は性功を重んじ、まず性を修めてから命を修めるという内丹術ですが、北派を創立した王重陽の七人弟子(北七真)の中には、男女双修を指導する人たちもいました。劉処玄は妓院(娼館)で性を練り、馬丹陽(1123〜1183年)は男女双修で道を得たとされます。 また、南派は石泰・陳南の系統は、主に清修を伝え、劉永年・翁葆光・若一子などの系統は男女双修を伝え、一つの流派内でも枝分かれし異なった修錬体系が生まれてきたことが歴史から見出せます。
竅穴の位置について
ここまで道家あるいは仙道家、養生家の考える養生のあり方は、精・気・神の三宝を身体内で自在に変化させることでその作用が生まれ、その用法の一つとして「男女双修」「性命双修」があります。
これらの相違はその向かうべき目的として、理念や道徳の違いを歴史的変遷から見出せるわけですが、功法と呼ばれる修行の方法となるのは、人体の開発において極めて大事な概念がエネルギーを集める中枢である「竅穴」と呼ばれる丹を煉り上げることを目的とする部位です。
竅とは人間の身体にある穴という意味で、口・両眼・両耳・両鼻孔・尿道口・肛門の総称として九竅と呼ばれたりします。
しかし仙道で扱う竅穴とは、三宝のエネルギーを集めることができる中枢という意味で、丹とも呼ばれます。この竅穴の位置は各流派の修練体系によって位置を異にし、また使う竅穴の位置だけではなく、数にも相違があります。
内丹術の修煉過程を象徴的身体として表現した図として「内経図」と呼ばれるものがあります。
内経図は清初に皇宮に道家の画家が描いたものとされ、図は萬暦年間(1573〜1619年)に中派の伊真人(伊志平)が口述しその高弟が著したとされる『性命圭旨』(性命双修万神圭旨)に依拠するとされます。
同じく同著には普照図、反照図、時照図、内照図などが描かれ、竅穴の位置が描かれています。
また同じく竅穴の位置や意味を記した図として著名なものに「修真図」(丹成九転図)と呼ばれるものがあり、この図の系譜は老子、呂純陽、陳摶、張三豐祖師に溯るとされ、百日築基が開始され、修真の理想的境地にいたるまでの描写がされています。
比較的近代の丹書ですと、伍柳派の柳華陽著『金僊證論』(任督二脈図)にみられる任脈と督脈、千峰派の趙避塵(1860〜1942年)著『性命法訣明指』には具体的に竅穴の位置を描いております。
これらの図はどれも、鍼灸で扱う経絡上のツボの位置ほど明瞭ではなく、もともと仙道の古典である丹書には、文字で竅穴の位置を記されていただけであり、その位置は各流派によって相違が見られ、それは必ずしも中医学で定義するものと一致するわけではありません。
各派の竅穴の位置の違いは古典の解釈における相違というよりも、各流派の実体験に基づく修練体系による相違であると私は考えております。
「精を煉って気に化す」(煉精化気)は「小周天」と呼ばれる功法であり、この功法においてどの竅穴を意守(意識を置くこと)する部位も、扱う竅穴の位置から数は実にさまざまです。
本書における張明彦氏の小周天は、次の竅穴を使用します。
「丹田から督脈という架空の脈管を伝わって、会陰(陰部と肛門の間)、尾閭(背椎の終わったところ)、夾脊(背椎骨のちょうど真ん中)、玉枕(後頭部の下方)、泥丸(脳みそにあたるところ、すなわち眉間の奥へ入ったところ)まで上昇させ、さらにやはり架空の脈管である任脈を伝わって、印堂(眉頭と眉頭の中間)、膻中(両乳の間)などの身体中の各関門を通って一周し、再び丹田に戻るようにする」(本文より抜粋)
中派や千峰派など中脈を使う流派は、趙避塵の『性命法訣明指』にみられるように小周天の運行図により、細分化された竅穴を扱います。
他にも小周天において、右上図のように丹田を上中下と分け、それぞれに三関と呼ばれる、玉沈関、夾脊関、尾閭関と前後で対応させている竅穴を扱う流派も多いようです。
総論として、竅穴の位置とは中医学で扱うツボのようにセンチ単位で位置が変わってしまうという類いのものではなく、竅穴に意念を集めるための意守をすることによって、意識された竅穴は、熱感や振動などといった実感が日々の功法の進展によって湧いてくるように、竅穴の部位とは動物体の末梢神経が分岐し、吻合してつくる網目状構造の神経細胞の小集団である神経叢であると考えています。
また人体の体型が一様でないように、神経叢の位置も体型によって異なっているのであり、どういった竅穴を用いるかは、神経叢を構成するニューロンの電気的活動である活動電位にどう干渉するのかという問題であり、これが意念を用いて竅穴を意守することの目的です。
それは各流派が築基法である小周天をする上でどう任脈、そして気を通すことが難関とされる三関のある督脈に神気を通し回すことができるかという体験に基づく工夫の仕方の差に他ならないと私は考えています。
山道帰一拜