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  • Eddie Vedder - Guaranteed

    曲名:Guaranteed
    アルバム:Into the Wild
    アーティスト:Eddie Vedder
    Wind in my hair I feel part of everywhere. Underneath my being is a road that disappeared. Late at night I hear the trees, they're singing with the dead Overhead. Leave it to me as I find a way to be. Consider me a satellite forever orbitting. I know all the rules but the rules did not know me Guaranteed. (風が髪をかきあげるように、ぼくはわずかな部分に全てを感じる。消えた道のように、ぼくの存在の本質は隠されている。夜更けに木々の声を聞く、彼らは死者とともに歌っている。ぼくを人工衛星とみなし、永遠という軌道に置いて行って下さい。ぼくは定規の目盛りを知っているが、定規は保証された目盛りの中にぼくを見出さない。)

  • スピッツ - 船乗り

    曲名:船乗り
    アルバム:色色衣
    アーティスト:スピッツ
    もうちょいな俺のままで 力まかせに漕ぎ出せば ネイビーの雲赤い空 渡る鳥も一緒に歌う 始まりののときめき 本当に俺は生まれていた! 水平線の向こうには 何かありそうな気がしている 遠いところまで 君を連れて行く 風に尋ねてくれ

  • 一青窈 - 影踏み

    曲名:影踏み
    アルバム:影踏み
    アーティスト:一青窈
    いつからずっと強くて弱いの 君は知ってて 同じ空を見てくれてたの 縄跳び 放りだして 見つけた背中にお帰りなさい


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2008年6月21日 (土)
張明澄先生のお墓参りⅣ

Cimg2425  「血は水より濃い・・・」。

 確かに、そうかもしれない。

 しかし、「伝灯(伝統)は、血よりも濃い」・・・。

 そう、実感している。

 人知れず、辛い道を歩んできた。それは、涙なくして語れない。
 ぼくらは、複雑に紡がれた糸が解けるように、出会ったんだ。張先生の兄弟子・黄耀徳先生の息子である黄顕釣さんに。
 
 ぼくと、兄弟子の東海金さんは、いつの間にか涙ぐんでいた。

 Cimg2420黄顕釣師兄(兄弟子)は静かに、重く語り始めた。その口調には、真心が込められ、ぼくらは、ただ、悲しくなった。「私は、4回も張先生を探しに、日本に行きました。張耀文先生に、知らせなくてはならなかったので。父、黄耀徳が亡くなったことを。張先生が日本に行ってから、何度か帰ってきました。でも、長らく音沙汰がなくなり、ずっと、張先生の心配をしていました。電話も通じず、教えていただいた日本の住所も探しました。でも、そこに張先生は住んでいませんでした。それ以来、ずっと心配していたんです。私は、住所を変えることなく、この靈星閣で、ずっと連絡を待ち続けたんです。いつか、連絡があると思ったから。」

 その連絡が、今日やって来た・・・。正確には、最後に言えなかった一言、言霊が、すがたを変えて、連絡手段を変えて、遅れて二人のものからもたらされる。黄顕釣さんの「ずっと心配していた」・・・この一言に、我々は胸を打たれる。我々は、、また砕け散ったピースを合わせ始める。そして、明るみに出て灯されて行く。一歩、一歩と近づく、光を求めて。

 黄顕釣さんの父上である黄耀徳先生は、張耀文先生とは、兄弟の契りを交わした義理の兄である。そして、黄耀徳先生は、張先生に自分の名前の一部である「耀」をおくった。

 黄耀徳先生は、1992年に亡くなっていた。

 我々三人は、血よりも濃い絆によって、ここで再び出会い。ここに互いに亡くなった老師たちが、時を越えて邂逅する。二人の老師が、また出会っているような不思議な空間が演出され、この時間のなかに、ぼくらは、ただ揺られていた。それは、神秘的だった。 

 そして、張先生の一番初めの弟子が、黄顕釣さんだった。ここに一番最後までが繋がり、 ここまでの辛い道のりを 語り合う。

Cimg2435 残酷な現実が、我々を引き裂き、 我々はより一層強く導かれた。そして、いくらでも、がんばれる気がした。嵐の日も晴れの日も共に歩もう。ぼくらは、ここで互いを兄弟と呼びあった。そう、時を超え、またこの靈星閣からはじまるんだ!

Cimg2429 黄顕釣さんは言う。「当時、靈星閣に集まった中では、私が一番若かったです。靈星閣の顧問を務めていた父の友人にして、義理の兄弟でもあった張耀文先生から、子平をはじめとする五術を教わりました。張先生は、当時から天才と騒がれ、私の自慢の先生でした。」。

                            

                 張明澄(耀文)先生は、私達の自慢の先生でした。


                            拝師帖

                           弟子・黄顕釣
                           弟子・東海金
                           弟子・清松

                                             
                           <関連ページ>

                        張明澄先生のお墓参りⅤ
                        
                        張明澄先生のお墓参りⅢ

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