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2008年6月
2008/06/28 0:34:33
ある戦士さんとオレ物語(日本篇1)

             『ある戦士さんとオレ物語』(日本篇1)

 ある戦士と共に、彼の持つ風水体系を日本の巒頭を通じて、学ぶために、共に日本に戻ってきてから今日で、5日目が過ぎました。

 理論面の講義を一日で通過して以来、いつの間にか「老師的徒弟是不是聡明?(老師の弟子、賢いでしょ?)」が、ぼくの口癖になってしまいました。ある戦士は「好了、好了。聡明、聡明(わかった、わかった。賢い、賢い)」と、笑いながら言うのが、お互いの口癖になってしまいました(笑)。 

 「風水」と謂う二文字の中に無限大とも思われる気が遠くなる歴史の積み重ねがあり、一つ一つ、よく熟考された体系は、まったく別物で、新しい体系に触れる時は、まず、自分をリセットして、既存の認識方法をやめて、空っぽにしてゼロから学びなおさなくてはものにならないということを嗅覚で知っています。既にデータがいっぱいのハードディスクは、いつクラッシュしてもおかしくないし、もうそれ以上、ソフトウェアをインストールできないから。

 よく一般の方に誤解されるのが、「風水」の二文字で、全てが同じ思考、技術に基づく風水だと勝手に勘違いされてしまうことです。つまり、「同じ風水でしょ?」的な、まったく誤った見解です。三角錐を横から見たら、二等辺三角形。上や下から見たら、円形ですが、一方的に物事を見つめるのが好きな、わかったつもりなっている人たちが多いのは、いつの世の常というやつですか。今日も、ある風水鑑定の現場でも、そういったことがありました。三菱地所のお偉方さんがそこにいて、いきなり話しかけてきた。カタコトの中国語で。

  あるお偉方さん:「実は、私の女房が台湾人で風水をしている記者でして、この物件も
               風水を盛り込んでいるんですよ。」

  ある戦士&ダニエル:「ふ~ん。ソウアルカ(そんな風に見えないアルヨ)。」

 自分の中国語があまり通じないと思ったのか、英語にスイッチしてきた。

  あるお偉方さん:「You know my friend Mr. Lin who is famous Taiwanese bank Hua Nan
             bank's president son. He also studied to Feng Shui. Yeah, I also
             have interested in Feng Shui. I want to show you this our company's
             new apartment building's Feng Shui.
            (私の友達のミスター・リンをあなたは知っていますか?
             彼は台湾の有名な銀行である華南銀行の社長の息子です。
             彼も風水を勉強しました。私も風水に興味があるんです。
             私は君たちに、この我々の会社の新しいマンションの風水を
             見せたいと思います。)」

 ちょっと、ライバル意識を感じたのか、ある戦士も、カタコトの日本語で対応する。

  ある戦士:「アメリカ、ワカラナイ。」

  ダニエル:「通訳しますよ。」

 そこで、このお偉方さんは、このマンションが風水的にどう良いかを入り口が窪んで奥まっていることから語り始めたが、ダニエルが一言つぶやいてしまった。

  ダニエル:「これって、水はけ相当悪いですよね。雨降るとヤバイんじゃない。」。

 風水云々言う前に、建築構造に問題があるものを多く見かけることが実に多いのだ。風水を学ぶものは、建築学についても学ぶべきだろう。

 そこで、すかさず、お偉方さんの横にいた同社の営業の方が、集まった幾人かのお客さんの前に、恐ろしいことを言われたらどうしようかと思ったらしく、このお偉方さんに耳打ちをする。きっと、このセールスの人は、かなり賢ったね。

  あるお偉方さん:「失礼しました。お客様だと知らなかったもので」。

 と、突然、話を切り上げぼくらのほうに謝りはじめた。そりゃそうだ。このクライアントの方も、この人の臭屁・風水を聴きに来たわけではないんだし。頼まれたの俺たちだよ。その辺のアマチュア、おばさんたちの風水と一緒にしちゃいかんよ。(๑→‿ฺ←๑)

 もっと突っ込みどころ満載なのに加え、この歴戦の兵のぼくらに、この建物のどこが風水なのか教示して欲しかったのに、凶事を恐れた賢いセールスにストップをかけられて残念!

  ダニエル&ある戦士:「*心の声(この建物自体の風水なんて何もないアルヨ。
                  ここは、巒頭が良いのだ。平地龍がね。本物の臭屁アルネ。)」

 そう、ぼくらは、風水をわかったフリしている人たちに、ぼくらの風水が同じ風水だと思われるのがイヤで堪らぬ。ぼくらの風水は、精神鍛錬の部分から練り上げてきているのだ。一般に普及しているものとまったく別物だ。だって、全然違うんだから。  

 本来、ぼくは風水の個人鑑定を一切やらないのですが、心が動くと身体も動く習性があります。だって、病める者、貧しい者、ドン底にいる者たちに対しても、手を差し伸べてくれる「そんな、お天道様があっても良いんじゃないか?」かが、ぼくの心のキーワードですから、個人鑑定では、お金をもらわないかわりに、鑑定の仕事は自分で選んでいます。ちなみに、個人鑑定で動く場合は、ぼくの心がまず、動く場合のみです。そう、この心が本当に困っている人を助けたいと望んだ時のみです。そのため、大金を積まれても、心が反応しない場合は、お断りしています。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

 「オレの風水は、金持ちの娯楽じゃないのよ。」。いつでも、真剣勝負だから。真剣に追い込まれた人のみが、ぼくの個人的なクライアントとなりえます。もちろん、タイミング悪く時間がない場合は、全部断っています。仕事は、選ぶぞゴルゴ13。(・´з`・)

 ちなみに、金持った企業からだったら、たんまりもらいますので、企業様いつでも、声を掛けてくださいね。(。≖ฺ‿ฺ≖ฺ)ニタァ♥

 本日は、ぼくが受けた依頼の中でも、内容がぼくの心をひどく感傷的にさせ、「なんとかしなくちゃ!」という強い想いがわいて来て、心を動かしたので、この様に、時間に余裕がないのですが、鑑定しに行ってきました。この心が動いたら、どこだって行きますよ。

 ある戦士に電話して、

  ダニエル: 「ちょっと、風水鑑定しに行って来ます。」

  ある戦士: 「いくら貰えるの?」

  ダニエル: 「個人鑑定では、お金を取らないことにしています。」

  ある戦士: 「あ、そうなの。じゃあ、先生は、ホテルで昼寝しているから行ってきなさい。」

  ダニエル: 「先生もしかして、退屈していない? じゃあ、一緒に外行こうよ。天気良い
           アルネ。」

  ある戦士: 「じゃあ、先生ちょうど良かったかもね。自称、賢い生徒をそのままテスト
           しようかな。」

 獅子は、子が生まれて3日経つとその子を千尋の谷へ投げ落とし、生き残った子だけを育てるという俗説がありますが、これは風水の伝統世界に見られる教育方法と同じなのかもしれない。獅子の子よりも、2日間多いので、ラッキーだ。(。◕ฺˇд ˇ◕ฺ。)

  ある戦士: 「じゃあ、先生は現場では口出ししないから、教えた風水で鑑定しなさい。」

  ダニエル: 「わかりました。多分、完璧ですよ。」(笑)

  ある戦士: 「臭屁!(カッコつけ!)」(笑)

  ダニエル: 「老師は、放屁しながら、見ていてください」(笑)

 現場で、クライアントと落ち合う。二人で、迷子になって遅刻してしまった。申し訳ございませぬ。現場に着くなり、使い慣れた7寸2分の羅盤を広げ、「測量」をはじめる。新築の物件で、分譲中のようだったようで、何人かのギャラリー(さっきのお偉方さんを含む)がずっと、ぼくの動作と羅盤をじっと見つめている。ぼくは、ギャラリーがいると盛り上がるタイプなので、特に気にはならない。それよりも、ぼくを見つめる獅子の目が怖い。「針を揺らすな!傾斜角を固めろ!兼をちゃんと書け!」、最近の実践の日々が頭にすぐ浮かぶ。

 そう、業に入っては業に従え、今まで習ったことを識に一切持ち込んではならない。それは、裏を返せば、不安なほどに、ぼく自身がある戦士に習ったこと意外知らない馬鹿になることだった。

 自分に今までの経験、認識を一度ストップさせるように言い聞かす。実際、それが一番厄介だ。そして、ある戦士から教わったことを忠実なマリオネットのように動作の一挙一動から表現して、体現する。

 自分を出す必要はない。教わったものを出せば良い。自分を出すだけならば、先生など必要ないのだから。そう、ぼくは意識に言い聞かせ、既存の現場で身に付けた条件反射のような経験則から沸きあがる情報を一切ストップし、判断を鮮明に、ある戦士と同一化させて行う。

18  晴れた日の太陽の陽光と雲って雨が降り出した二つのイメージが、ぼくの見つめている景色に過ぎる。それは、構築されたイメージを伴って、ぼくの意識のスクリーンに過ぎるものたち。「もっと光を。もっと雨を。」、この二つの要素が、巒頭と理氣一体型である、ある戦士の風水の真骨頂だ。
 皆が見守る中、シトシトとぼくの意識に雨が降り始める。地面を這うように、水が流れ出す。そして、もう一枚のスクリーンに重ねた太陽が東から昇り、ゆっくりと西に擡(もた)げて、意識に差し込む陽光が、その場を濃厚に照らす。ぼくの意識のスクリーンの中で、風景と光と水の三枚の図が重なり始める。風景を母体として、天から差し込む陽光は、地面の雨水と出
            会う。

Img_1359   ダニエル:「ここだ!ここですね。去水をとりました。"丙"ですね。」

 木の隙間を指差し、騒ぐぼくに対して、ギャラリーは意味不明な顔をして、こちらを見ている。確かに、はたから見れば、我々は、怪しい物(羅盤)を持って、地上に舞い降りた宇宙人だったのかもしれない。

  ある戦士:「ほう。よくやった正解だね。」

  ダニエル:「オレ賢いでしょ?(笑)」 
Img_1361  
 その後、来水で苦戦したぼくは、というより、二人揃って、ある盲点を見落としていたのですけれど・・・連帯責任!?( ゜ 3゜)

 ぼくは小一時間ほどは、「オレ賢いでしょ?」ネタを言わなくなっていた。ぼくらの実践鑑定は、そうやって進められて行った。時として、クライアントに多くの情報を伝えるぼくは、怒られたりもした。。.(✿ฺ。 ✿ฺ)


  ある戦士:「オマエは、人を観たら、判断できるのだろうが!この人は、すぐ不安になっ
          て、執拗に物事を考える癖があるのだ。多くの情報は、この人を苦しめる
          ことになる。わかりやすく手短に情報を伝えなさい。」。

 でも、この日、ぼくは自分の認識に過ぎるものをできるだけストップさせていたのですけれど・・・。つまり、人を見ても人の内面的な問題を認識しない状態まで、自分をリセットしていたんですけれど・・・。(。♋ฺ‸♋ฺ。) 

 そう、ぼくがある戦士から教わった重要なことの一つは、「人を理解しようと努めて、正しく人に情報を伝達すること」だ。これは、風水だけにいえることではない。そう、風水には、生きて行くために有用な情報がたくさん詰め込まれているのだ。

 喫茶店で、鑑定の内容を説明し、その物件と個人の相性なども、八字から割り出し、まったく、問題がなく、そこに住んでも大丈夫だと太鼓判を押してあげる。この物件が悪かったら、どうしようと思っていたけれど、正直、安心した。

 このクライアントの方は、律儀なことに、封筒にお礼金を入れ、「少ないですが、どうかご査収ください。」と、謝礼金を渡そうとするが、ぼくは、頑なにお断りした。相手に戻そうと、封筒を持ち上げるとズッシリと重い。あのぅ・・・ちっとも少なくないんですけれど。

  ダニエル:「自分の気持ちで動いただけなので、受け取れませぬ。」

 そう、はじめに、何も受け取らないと決めて動いたのに、結果、謝礼金なり、何かを受け取ってしまうということは、自分の運命に干渉してくるものを受け入れることになり、自分で運命を支配して生きて行くことを希望するぼくの生き方に傷がついてしまうのだ。そうすると、軌道修正どころか、運命の影響下の中に逆戻りさせられてしまう。そう、ぼくは自分の運命の良き支配者になりたいのだ。だから、一度決めた信念を曲げることは出来ない。

 クライアントの方は、「それでは、これは山道さんの先生にお渡しいたします。」と言って、ある戦士に封筒を渡した。

 ぼくも、口を出さないと言って口を出しまくった。ある戦士が受け取るならば、それで良いと思ったが・・・。

  ある戦士:「オマエが、受け取らないものをオレが受け取るはずがないじゃないか。」

 そう言って、封筒をクライアントにお返しする。その時、ぼくは、「ああ、この先生について良かった。」と、正直に思った。

 帰り際、ぼくは、ある戦士に聞いてみた。

  ダニエル:「先生は、あのクライアントの方よりもはるかに悲惨な生活をしているのに、
         何故、お金を受け取らなかったのですか?」

  ある戦士:「お前の考え方が気に入っているんだ。オレにも、お前の先生らしいことをさせ
         てくれよ。」

  ダニエル:「・・・・・ (。♋ฺ‸♋ฺ。) 」              

  ダニエル:「臭屁!(カッコつけ!)」

  ダニエル:「じゃあ、今日は、ぼくが先生の好きな吉野家の牛丼をご馳走しますよ。」

  ある戦士:「昨日、二回も吉野家に食べに行った。台湾のよりも、うまくてアレは良いぞ。
          しかも、店員さんが全部中国人だから、中国語が通じるんだぞ。」

 そう、ぼくらは、お金はそんなに無いけれど、こんな感じで、良いんだ。ぼくたちの物語は、続いて行くぞ。

 今、この瞬間が、ある戦士が、輝いてみえた。

 ぼくは、幸せ者だ。こんな、素晴らしい先生に、また出会えたんだから。

                     <関係ページ>

                    「ある戦士さんとオレ物語(日本篇2)」

                    「ある戦士さんとオレ物語(日本篇1)」

                    「ある戦士さんとオレ物語(台湾篇1) 」

                    「戦士の涙」

                    「ある戦士との対話」

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2008/06/21 23:00:00
張明澄先生のお墓参りⅣ

Cimg2425  「血は水より濃い・・・」。

 確かに、そうかもしれない。

 しかし、「伝灯(伝統)は、血よりも濃い」・・・。

 そう、実感している。

 人知れず、辛い道を歩んできた。それは、涙なくして語れない。
 ぼくらは、複雑に紡がれた糸が解けるように、出会ったんだ。張先生の兄弟子・黄耀徳先生の息子である黄顕釣さんに。
 
 ぼくと、兄弟子の東海金さんは、いつの間にか涙ぐんでいた。

 Cimg2420黄顕釣師兄(兄弟子)は静かに、重く語り始めた。その口調には、真心が込められ、ぼくらは、ただ、悲しくなった。「私は、4回も張先生を探しに、日本に行きました。張耀文先生に、知らせなくてはならなかったので。父、黄耀徳が亡くなったことを。張先生が日本に行ってから、何度か帰ってきました。でも、長らく音沙汰がなくなり、ずっと、張先生の心配をしていました。電話も通じず、教えていただいた日本の住所も探しました。でも、そこに張先生は住んでいませんでした。それ以来、ずっと心配していたんです。私は、住所を変えることなく、この靈星閣で、ずっと連絡を待ち続けたんです。いつか、連絡があると思ったから。」

 その連絡が、今日やって来た・・・。正確には、最後に言えなかった一言、言霊が、すがたを変えて、連絡手段を変えて、遅れて二人のものからもたらされる。黄顕釣さんの「ずっと心配していた」・・・この一言に、我々は胸を打たれる。我々は、、また砕け散ったピースを合わせ始める。そして、明るみに出て灯されて行く。一歩、一歩と近づく、光を求めて。

 黄顕釣さんの父上である黄耀徳先生は、張耀文先生とは、兄弟の契りを交わした義理の兄である。そして、黄耀徳先生は、張先生に自分の名前の一部である「耀」をおくった。

 黄耀徳先生は、1992年に亡くなっていた。

 我々三人は、血よりも濃い絆によって、ここで再び出会い。ここに互いに亡くなった老師たちが、時を越えて邂逅する。二人の老師が、また出会っているような不思議な空間が演出され、この時間のなかに、ぼくらは、ただ揺られていた。それは、神秘的だった。 

 そして、張先生の一番初めの弟子が、黄顕釣さんだった。ここに一番最後までが繋がり、 ここまでの辛い道のりを 語り合う。

Cimg2435 残酷な現実が、我々を引き裂き、 我々はより一層強く導かれた。そして、いくらでも、がんばれる気がした。嵐の日も晴れの日も共に歩もう。ぼくらは、ここで互いを兄弟と呼びあった。そう、時を超え、またこの靈星閣からはじまるんだ!

Cimg2429 黄顕釣さんは言う。「当時、靈星閣に集まった中では、私が一番若かったです。靈星閣の顧問を務めていた父の友人にして、義理の兄弟でもあった張耀文先生から、子平をはじめとする五術を教わりました。張先生は、当時から天才と騒がれ、私の自慢の先生でした。」。

                            

                 張明澄(耀文)先生は、私達の自慢の先生でした。


                            拝師帖

                           弟子・黄顕釣
                           弟子・東海金
                           弟子・清松

                                             
                           <関連ページ>

                        張明澄先生のお墓参りⅤ
                        
                        張明澄先生のお墓参りⅢ

                        張明澄先生のお墓参りⅡ

                        張明澄先生のお墓参りⅠ

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2008/06/20 23:00:00
ある戦士さんとオレ物語(台湾篇1)

             『ある戦士さんとオレ物語』(台湾篇1)

Photo ある戦士と台湾で再会を果たしたダニエルは、その日、ある戦士に言われた一言が気になって眠れなかった。
 それは、唐突で、少し日本語めいた言葉で、中国語ネイティブ以上を自負するダニエルにも、訳せない言葉だった。台湾語かとも考えたが、怖くて誰にも聞けなかった。

 ある戦士: 「明天、我們一起去三峡鎮、看Obanko吧!(明日、オバンコを一緒に見に行きましょう!)」

 そして、謎の言葉「オバンコ」を見に台北縣三峡鎮に来た。

 現場についたダニエルに、ある戦士は言った。「ほら!あそこにObanko(オバンコ)が見えるでしょ!」。

Img_0899  その時、ダニエルは、愕然として、「Obanko(オバンコ)ー!」と、叫んでいた。そう、風水では、龍穴を女性器に喩えるため、この様な言い回しをしていたのだ(笑)。そこは、山の中腹で、股を広げるように、キレイに龍が穴を結んでるとのこと。

Img_0908  上まで登って確認することになり、ある戦士こと、ぼくの風水老師は、「先生は一人用のロープウェイで行くから。上まで登ってきなさい。先生は、足が悪いのね。」と、言い残し、早速、一人用のダンボールで出来たような箱の中にその大きな身体を押し込んでいた。

Img_0909Img_0905Img_0907  僧籍の無いものは、このロープウェイを利用できないらしい。「いえい え、こんな怖いロープウェイ乗りたくありません。」。
 
 意外にスピードは早く、流れ星のように頂上にこのダンボールは消えて行った。ぼくは、ツルツル滑る石階段で頂上まで登った。
 「確かに、界水はできている。」、条件はよさそうだが、その穴場の気を浴びてみないと判断はくださない。

Img_0911  整備されていない石段は不安定で、苔がむしていたので、ツルッと足に来る。「こんなことなら、トレッキング持ってくればよかった・・・。」。
 この日の突然の実践は、ある目的を意図して、用意されていたが、その時は、夢中で、オバンコに向かって歩んで行った(笑)。

Img_0948Img_0956Img_0958  下から見上げるよりも、最上部のお寺は、広かった。そして、とても寛げた。一人の尼さんとお坊さんが出迎えてくれた。この絶景を存分に味わいながら、皆で、泡茶を楽しむ。

Img_0929Img_0938 お茶はかなり上等な杉林渓烏龍茶。「うん。お茶は愉しい。」。実際にお茶がわかるというのは愉しいのだ。また、味の工夫も一工夫あって、この龍穴の側からの湧き水を使用していた。「うまい!ふぅ~、癒されます」。

 ある戦士は、過去にここに半年滞在したことがあり、その際も、このお寺の僧たちが、風水の指南をしてくれるようにお願いしたが、全て断られたと、尼僧が教えてくれた。 
 「あなたは、良いわねぇ。こうやって、風水を教えてもらえるんですから。」と、尼僧は、笑いながら言った。だが、目は笑ってなかった。しかも、ぼくに対してあてつけて言っている気がした・・・。

 このお寺に突然あがりこんだのに加え、ここのお坊さんたちが、ある戦士に風水の質問する時も、まず、ぼくに「質問して宜しいでしょうか?」と、必ず聞いてくる・・・。「何で、俺に聞くの!?」と思ったが、これが中華伝統の礼儀なのだ。先生が尊重されてるのならば、やはり、弟子も尊重される世界なのだ。

 皆に、少し申し訳ない気がした。そして、「ある戦士は、やはり皆にものすごく尊重されている方なんだな」と、再認識しました。

 この湧き水は、日月洞と書かれた山に埋もれたお堂の中から湧き出ていた。「なるほど。ここが、ここの龍穴か。」と、暗い祠を探索した。確かに、そこは龍穴だが、あまり強いパワーを感じ無いので、ある戦士に尋ねると、「この裏がもっと強くなっている」とのこと。ただ、我々は、登山装備してこなかったので、この先の道無き山をロッククライミングまでして登ることは断念。

Img_0916 上から見下ろす風景は、確かに、両膝がこぶになっており、股を開いたように見える。
 女性器が見えるように開かれた、このような龍穴を「美人獻花」と言う。意味は、桃花(異性・同性との性的交流)をあらわし、この龍穴の良し悪しを論じるには、幾つかのポイントがある。地理五訣で簡単に言い表すと、次のようになる。

 ① 向・・・陰宅、陽宅、どちらに適切かという問題及び理氣。
 ② 龍・・・太祖山からの龍(起伏)の性質。
 ③ 穴・・・穴(位置)とこの穴に影響を与える明堂。
       *明堂(龍穴から見える全景色=人の意識に映るもの)が、穴(位置)を構成。
 ④ 砂・・・砂のかたち(白虎・青龍)・案山。
 ⑤ 水・・・界水の取り囲む形装。
        水口までの形。水が挟まっているか(=龍穴の有無に関係)。

 まだ、他にも幾つかの諸条件があるが、ここは、こんな感じ。ちなみに、こういった判断が職人芸のなせる技なんだ。
 
 ① 陰宅向き。*理気に関しては、以下の条件を調べることで、特に見る必要なしだった。
 ② 過脈・束気共に問題なし。活龍である。
 ③ 反弓があり宜しくない。大きすぎる穴(あな)は、淫乱を意味する。
 ④ 足(白虎・青龍)が開いており、淫乱を意味する。
    案山は、層を追うように上がって行く、素晴らしい。
    ただし、いじられていることに問題が有る。
 ⑤ 適度な水量と水流にかたち。清い水で、問題なし。水口の調査なし。

 さて、ある戦士は、この龍穴の良し悪しのトータル判断を私に聞いてきた。私は、「不好!(ダメ!)」と、答えた。

 この日の課題は、「龍穴は、全て良いとは限らない。条件の整っていない龍穴は決して良くない。」ということだった。

 さて、読者の判断と正解はいかに? 「好不好?(どうですか?)」

 え、「好」きですか?何が?(笑)

 追伸

 実際にこのお寺では、マレーシアから来たゲイの僧と檀家が、ここで、色々と問題を起こしたらしいです。危ない「桃花」に「淫乱」の龍穴、確かに、象意は出ていますね。(✿ฺ´∀`✿ฺ)ノ

                     <関係ページ>

                    「ある戦士さんとオレ物語(日本篇2)」

                    「ある戦士さんとオレ物語(日本篇1) 」

                    「ある戦士さんとオレ物語(台湾篇1)」

                    「戦士の涙」

                    「ある戦士との対話」

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2008/06/20 23:00:00
ある戦士さんとオレ物語(台湾篇1)

             『ある戦士さんとオレ物語』(台湾篇1)

Photo ある戦士と台湾で再会を果たしたダニエルは、その日、ある戦士に言われた一言が気になって眠れなかった。
 それは、唐突で、少し日本語めいた言葉で、中国語ネイティブ以上を自負するダニエルにも、訳せない言葉だった。台湾語かとも考えたが、怖くて誰にも聞けなかった。

 ある戦士: 「明天、我們一起去三峡鎮、看Obanko吧!(明日、オバンコを一緒に見に行きましょう!)」

 そして、謎の言葉「オバンコ」を見に台北縣三峡鎮に来た。

 現場についたダニエルに、ある戦士は言った。「ほら!あそこにObanko(オバンコ)が見えるでしょ!」。

Img_0899  その時、ダニエルは、愕然として、「Obanko(オバンコ)ー!」と、叫んでいた。そう、風水では、龍穴を女性器に喩えるため、この様な言い回しをしていたのだ(笑)。そこは、山の中腹で、股を広げるように、キレイに龍が穴を結んでるとのこと。

Img_0908  上まで登って確認することになり、ある戦士こと、ぼくの風水老師は、「先生は一人用のロープウェイで行くから。上まで登ってきなさい。先生は、足が悪いのね。」と、言い残し、早速、一人用のダンボールで出来たような箱の中にその大きな身体を押し込んでいた。

Img_0909Img_0905Img_0907  僧籍の無いものは、このロープウェイを利用できないらしい。「いえい え、こんな怖いロープウェイ乗りたくありません。」。
 
 意外にスピードは早く、流れ星のように頂上にこのダンボールは消えて行った。ぼくは、ツルツル滑る石階段で頂上まで登った。
 「確かに、界水はできている。」、条件はよさそうだが、その穴場の気を浴びてみないと判断はくださない。

Img_0911  整備されていない石段は不安定で、苔がむしていたので、ツルッと足に来る。「こんなことなら、トレッキング持ってくればよかった・・・。」。
 この日の突然の実践は、ある目的を意図して、用意されていたが、その時は、夢中で、オバンコに向かって歩んで行った(笑)。

Img_0948Img_0956Img_0958  下から見上げるよりも、最上部のお寺は、広かった。そして、とても寛げた。一人の尼さんとお坊さんが出迎えてくれた。この絶景を存分に味わいながら、皆で、泡茶を楽しむ。

Img_0929Img_0938 お茶はかなり上等な杉林渓烏龍茶。「うん。お茶は愉しい。」。実際にお茶がわかるというのは愉しいのだ。また、味の工夫も一工夫あって、この龍穴の側からの湧き水を使用していた。「うまい!ふぅ~、癒されます」。

 ある戦士は、過去にここに半年滞在したことがあり、その際も、このお寺の僧たちが、風水の指南をしてくれるようにお願いしたが、全て断られたと、尼僧が教えてくれた。 
 「あなたは、良いわねぇ。こうやって、風水を教えてもらえるんですから。」と、尼僧は、笑いながら言った。だが、目は笑ってなかった。しかも、ぼくに対してあてつけて言っている気がした・・・。

 このお寺に突然あがりこんだのに加え、ここのお坊さんたちが、ある戦士に風水の質問する時も、まず、ぼくに「質問して宜しいでしょうか?」と、必ず聞いてくる・・・。「何で、俺に聞くの!?」と思ったが、これが中華伝統の礼儀なのだ。先生が尊重されてるのならば、やはり、弟子も尊重される世界なのだ。

 皆に、少し申し訳ない気がした。そして、「ある戦士は、やはり皆にものすごく尊重されている方なんだな」と、再認識しました。

 この湧き水は、日月洞と書かれた山に埋もれたお堂の中から湧き出ていた。「なるほど。ここが、ここの龍穴か。」と、暗い祠を探索した。確かに、そこは龍穴だが、あまり強いパワーを感じ無いので、ある戦士に尋ねると、「この裏がもっと強くなっている」とのこと。ただ、我々は、登山装備してこなかったので、この先の道無き山をロッククライミングまでして登ることは断念。

Img_0916 上から見下ろす風景は、確かに、両膝がこぶになっており、股を開いたように見える。
 女性器が見えるように開かれた、このような龍穴を「美人獻花」と言う。意味は、桃花(異性・同性との性的交流)をあらわし、この龍穴の良し悪しを論じるには、幾つかのポイントがある。地理五訣で簡単に言い表すと、次のようになる。

 ① 向・・・陰宅、陽宅、どちらに適切かという問題及び理氣。
 ② 龍・・・太祖山からの龍(起伏)の性質。
 ③ 穴・・・穴(位置)とこの穴に影響を与える明堂。
       *明堂(龍穴から見える全景色=人の意識に映るもの)が、穴(位置)を構成。
 ④ 砂・・・砂のかたち(白虎・青龍)・案山。
 ⑤ 水・・・界水の取り囲む形装。
        水口までの形。水が挟まっているか(=龍穴の有無に関係)。

 まだ、他にも幾つかの諸条件があるが、ここは、こんな感じ。ちなみに、こういった判断が職人芸のなせる技なんだ。
 
 ① 陰宅向き。*理気に関しては、以下の条件を調べることで、特に見る必要なしだった。
 ② 過脈・束気共に問題なし。活龍である。
 ③ 反弓があり宜しくない。大きすぎる穴(あな)は、淫乱を意味する。
 ④ 足(白虎・青龍)が開いており、淫乱を意味する。
    案山は、層を追うように上がって行く、素晴らしい。
    ただし、いじられていることに問題が有る。
 ⑤ 適度な水量と水流にかたち。清い水で、問題なし。水口の調査なし。

 さて、ある戦士は、この龍穴の良し悪しのトータル判断を私に聞いてきた。私は、「不好!(ダメ!)」と、答えた。

 この日の課題は、「龍穴は、全て良いとは限らない。条件の整っていない龍穴は決して良くない。」ということだった。

 さて、読者の判断と正解はいかに? 「好不好?(どうですか?)」

 え、「好」きですか?何が?(笑)

 追伸

 実際にこのお寺では、マレーシアから来たゲイの僧と檀家が、ここで、色々と問題を起こしたらしいです。危ない「桃花」に「淫乱」の龍穴、確かに、象意は出ていますね。(✿ฺ´∀`✿ฺ)ノ

                     <関係ページ>

                    「ある戦士さんとオレ物語(日本篇2)」

                    「ある戦士さんとオレ物語(日本篇1) 」

                    「ある戦士さんとオレ物語(台湾篇1)」

                    「戦士の涙」

                    「ある戦士との対話」

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2008/06/19 23:00:00
羅盤をつくるぞⅡ

Img_0798Img_0797 最近の羅盤は、随分進歩したザマス。特殊コーティングされ、ツヤツヤしているんです。
 おまけに、強化コルクで、軽いザンス。
 しかも、レーザーのポインタの赤い光が羅盤の上に照らさImg_0808Img_0883れ、正確に測定できるようになっているんです。アナログな羅盤にハイテクが加わって行くんですね。
 個人的には、アナログ嗜好のぼくですが、「ふ~む。便利かも。」と、思わないこともない。結局、8寸6分(32.5cm)羅盤は、レーザーポインタ付きのものを注文してしまった。少しだけどね。7寸2分(20.6㎝)羅盤は。カバンに入るし、ポインタはつけない既存のものにしました。
 また、世の中便利なことに地面と水平を保ち、正確に計測できる羅盤用の三脚もレーザーポインタ付きで販売されています。

Img_0795  今回の羅盤製作で難航したのが、下図を作成しなくても、資料持込で、「ここにこれを足して、ここをはずしてくださいな」的な感覚で、説明すれば、この制作会社がコンピューター的なもので、「こんな感じで宜しいでしょうか?」的な感覚で、サンプルをモニターで見せてくれるものと思い込んでいた。
 ところが!大間違い! 「帰って、図を書いて来な!出直して来い!」的な態度が、ぼくと東海金さんを熱く燃え上がらせた。

Img_0888 「帰れませぬ。ここで書いて見せましょうぞ。」+「ここで書いて目に物を見せてくれるわ!」と、ぼくらは引き下がらなかった。東海金さんの卓越したハンドクラフトが炸裂し、「明澄透派羅盤」の下図は、キャツラの目の前で仕上げるという快挙を成し遂げ。この羅盤職人に二次元で出来る職人芸を見せつけ、度肝を抜いた。宿曜二十八宿の牛2度と360度(0度)を合わせ、既存のズレを9.5度ハンドクラフトで修整するという荒行を見せた東海金さんは、清々しい顔で彼らの出方を伺っていた。

 「な~んだ。牛二度で合わせるって言ってくれれば良かったのに。もう~。」と、その場に笑顔で答えた職人社長も、「ある戦士」からの紹介じゃなかったら、今頃、鼻血を垂らしていたことは間違いない。

 結局、どうして宿曜二十八宿を9.5度動かす必要性を理解できないレベルの人間が羅盤を作っているのだ。そして、面倒だから、既存のものを当てはめ、使いまわしをさせるために、イヤガラセで言いがかりをつけてきたのは、間違いない。

Img_0787  とは言え、この職人さん腕は確かで、良いものを作る。日本からの大口オーダーも沢山受注しているらしい。とりわけ、最近では「占いは信じるな!でも、羅盤は買え!そして、壁に飾ったり土に埋めたりして、いっぱい買え!」的な発言をしているニセモノの自称・透派の日本人からは、一年間で400~500個近い、オーダーを取っているらしい。この羅盤職人さんでもあり、この会社の社長さんでもある黄社長は、親切にも、ぼくにアドバイスを始めた。
 
Img_0813  「いいか。若いの、よく聞け。羅盤を沢山売るには、壁掛け用を作成したほうが良いぞ。この日本人○○も、沢山この壁掛け用を買ってくぞ。一年間に400から500個は、オーダーしてくる。実用では一人一個しか買わないが、壁掛け羅盤は沢山売れて、笑いが止まらんぞ。」。

 ぼくは、ホンモノの透派羅盤を製作しに来て、ニセモノの透派羅盤を作っている場所にたどり着き、その販売方法までレクチャーされてしまった・・・。この皮肉な運命のめぐり合わせに対して、ぼくは、ただ微笑んだ。

 「あの~、この羅盤はどう見ても、ただの三元羅盤ですが、ここで羅盤を大量に発注して買って行く、日本人の方は、デザインの段階から、製作しているのですか?金型から設計を起こしているのですか?」、ぼくは思わず聞いてみた。

 黄社長は言う、「若いの、馬鹿を言っちゃいかんよ。もちろん、この三元羅盤は既存のデザインからの使い回しだぞ。デザインからの設計など、そんな高度なこと、この日本人が出来るはずないじゃないか。」。

 また出た!最近よく聞く、使い回し!

 *ちなみに、透派の風水は三元派ではない。奇門派、星度(相)派である。
 *三元九運を使うのが、三元派だと思っている気の毒な人たちが多い。
 *本当の三元派は二元八運を使う。これは、常識であるが、非常識で浅学なものが多すぎる。


 なるほど、よくわかりました。でも、勘違いしないで欲しいので一言だけ、いっといた。「ぼくは、壁掛け用の羅盤は作りません。その日本人のような商売人と一緒にしないでくださいね。風水師のための風水師による羅盤を製作したいだけなんです。壁は風水師ではありません。壁に掛けてもなんも効果はありません。土に埋めても、土を動かすのと同じ効果しかありません。」。

 商売人Welcomeな場所だけに、不快な顔をされたが、実際、もっと不快な想いをしたのは、ぼくのほうだった。
 
 最後にもう一言付け加えて、いっといた。「その羅盤と同じ水準の材料(木)を使わないでください。電子木(硬い合板)を使ってください。品質にはこだわりたいんです。ここの最高の素材と技術を使ってください。今回提出したデザイン設計の正確な製作用羅盤図が出来たら、まず、送ってください。こちらで、確認します。こちらで、OKを出してから製作開始ということで。」と。

 そう、まったく新しい羅盤を一から製作するのだ。赤いフニャフニャの紐は、いらないのだ。壁に掛ける必要性はない。土に埋めなくても良い。売れなくても良いんだ。

 本物の羅盤は、本物が分かる人の元に届けたい。そして、一生使ってもらいたい。

 そして、どこかで、目に見えない紅い紐が繋がり、これら二種類の「明澄透派羅盤」と「地理風水法羅盤」を持つ者同士が出会ったら、互いに一言、壁ではなく、この羅盤を持つ人同士、声を掛けあっても良いだろう。「良い羅盤ですね。なかなか、使い込んでますね。」と。

 羅盤を見れば、その人がわかる。そんな、羅盤を二種類、製作しました。完成が楽しみです。

 「明澄透派羅盤」・・・東海金兄弟子と山道による奇門派風水・星度派風水・三元派風水
               に完全対応。明澄透派完全復活の象徴。

 「地理風水法羅盤」(仮名)・・・「ある戦士」と山道が心血を注いだ水法完全対応羅盤。
                   大地自然と羅盤が重なる。 

            明澄透派と日本透派は一切関係がありません。

                     <関係ページ>

                    「羅盤を作るぞⅦ」

                    「羅盤を作るぞⅥ」

                    「羅盤を作るぞⅤ」

                    「羅盤を作るぞⅣ」

                    「羅盤を作るぞⅢ」

                    「羅盤を作るぞⅡ」ฺ

                    「羅盤を作るぞⅠ」

                   

 これらニ種類の羅盤の大きさは7寸2分(20.6㎝)と8寸6分(32.5cm)で、数量限定で、作るので、欲しい人は、(σ・∀・)σ ここまで、メールにて予約してくださいね。2種類2サイズで、合計4種類の羅盤となりますです。8寸6分(32.5cm)は、レーザーポインタ付になります。ケースは、全部ついていますぞ。

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2008/06/18 23:00:00
張明澄先生のお墓参りⅢ

 6月18日、員林に舞い戻る。ジュセリーノの予言「2008年6月16日に台湾の埔里鎮でM7.4の地震。死者数千人」という予言は、我々をロックオンすることなく、埔里鎮近所での羅盤制作作業から引き続き、員林の地に到着する。世界的、イリュージョンは、トリックさえ見せることなく、不発と化す。

Img_0761 これは、多くの人に支えられ、個 の意識というスクリーンから、集合意識という巨大スクリーンの中で、ぼくらが歩みを止めることなく進むことを許してくれているからにも思える。

         「天網恢恢、疏而不漏(疎にして漏らさず)」老子(第七十三章)

 天の網は広大で目があらいようだが、悪人は漏らさずこれを捕える。悪い事をすれば必ず天罰が下る意。そう、天罰がぼくらに下るはずがなく、まさしく、天網恢恢にして、この予言者の巨大な怪しい網のスクリーンに、ぼくらがお魚さんのように、ひっかかることはない。

 この妖しい網ごと取っ払ったのだから。

Img_0778_3  というか、この天の網に捕まり罰せられるべき、悪党が沢山いるのをぼくらは知っている。そう思って、員林を歩いていたら、足元に道教の拝拝に使う金紙が落ちていた。金は、神様への感謝・祈願用、銀は死者のために燃やすものだ。思わず、拾って、燃やしながら無事を感謝する。

 今日は、兄弟子・東海金さんと共に、張先生のお墓参り。張木医院跡地をまじまじと眺め、色々と過去に張先生から聞いた内容とあわせて、分析を始める東海金さん。

Img_0757  「ほら、あそこ豚小屋があったんじゃない。こことここの建物、昔は繋がっていたんだよ。」。なんだか、懐かしそうに、微笑みながら、無邪気に振舞う、兄弟子であった。


Img_0726 人は、皆現実を恐れる。受け入れていいのか分からなくなることもあるのだと思う。特に亡くなった人の「歴史の不在」が、一番受け入れ難いのだ。この日、ぼくはそんな地に足が着かないように、現実から離れて飛んでいる東海金さんを見つめていた。

 東海金さんは、10年来、張先生の側を片時も離れなかった忠実な弟子だった。張先生が鬼籍に入られた後も、頑なに、張先生の教えを書き留めたノートをまとめたり、講義を録画したビデオを毎日見て、復習し、勉強することを怠ってこなかった。「透派は、一つの流派の体系として完成しているが故に、いじらず、足さず、このままで良いのだ。ただし、張先生の教えは、不逞の輩によって歪曲されてしまった。」。

 一人で、残された教えを守り、世間の風潮と戦ってきた。東海金さんは言う「張先生に出会って、ありふれた日常が耀きだした。五術というものに、心を奪われたあの日から、孤独でも、辛くても平気だと思えた。」。そう、彼もまた平坦な日常を嫌い、違(たが)うことをよしとせず、真の明澄透派の防人として、明澄透派の灯火を消すことなく、全ての秘伝を公開することなく、頑なに時を見つめ待ち続けた。そうやって生きてきた戦士だった。
 
Img_0734 張先生の兄である張明彦さんに、案内されて、納骨堂にたどり着く。いつしか、ぼくらは、会話が減ってきた。ぼくは、この納骨堂が、彼にとってショッキングなものになるだろうと予想していた・・・。そう、それは張明澄という耀きの中で生きてきた者が、目に触れてはいけない場所なのかもしれない。

Img_0735  ただ、ぼくは受け入れて欲しいと願っていた。「もう、張先生はいない」という事実を。そう言えば、誰かが、ぼくに言っていた。「帰一さんが、張先生の話をするとき、目が耀いているんですよ」と、ともすれば、ぼくが東海金さんに望むことは、ぼくがぼく自身に望んでいることなの!?

Img_0730 納骨堂の二階に上がり、たくさん並んだロッカーのように割り当てられた小さな扉が並ぶ、ぼくらはその数多くの扉から、「張明澄」と書かれた小さな扉を瞳に映す。叩頭し、扉の前に大きな身体を丸めてうずくまる東海金さんの後姿がどこか寂しい。そして、現実に戻ったように、立ち上がり、一歩退く。その慌てた動作が、あまりに不自然だったので、「もっと、張先生と対話されたら宜しいんじゃないですか。」と、ぼくは思わず言った。東海金さんは、滅相もないように、「私は、毎日張先生と対話してますから」と言う。張明彦さんが、怪訝な顔をしていたので、ぼくは、思わず、フォローする「東海金さんは、毎日、張先生の講義ビデオを見ているんです」。

 呆然とした顔をして立ち竦む東海金さんに、そして、きっと自分にも呟いた。

 「もう、現実を受け入れたほうが良いんじゃないですか・・・。」。

 苦笑した顔をして、その小さな扉に背を向け、踵を返そうとする東海金さんに、何も声をかけてあげることができなかった・・・。

 ぼくらには、まだ為すべきことが残っている。今は、これで良いのだと思う。ただ、これからは、戦うことから背を向けていられない。そして、一人で戦わなくてもいいんだ。

 また、動き出そう!

 そう、ありふれた日常が耀きだした。五術というものに、心を奪われたあの日から、孤独でも、辛くても平気だと思えた、あの日から。

                 
                           <関連ページ>

                        張明澄先生のお墓参りⅤ
                        
                        張明澄先生のお墓参りⅣ

                        張明澄先生のお墓参りⅡ

                        張明澄先生のお墓参りⅠ

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2008/06/17 11:51:55
生きてこそ

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2008/06/15 2:38:32
死地に赴く

 先ほど、親しくさせていただいております、某建築会社のO氏より、貴重なお知らせがあり、きな臭いもの感じております。

O氏からの手紙
ジュセリーノの予言に、2008年6月16日に台湾の埔里鎮(プーリー市)でM7.4の地震。死者数千人という予言が本に出ているようです。はずれるようお祈りしております。

 あの・・・ぅ、私、その日、台湾の埔里鎮にいるんですけれど・・・。こんな偶然、あって良いのでしょうか?

 本日、6月15日、台湾に夜8時に到着して、6月16日には老酒と澄んだ水で有名なこの町にいるんですけれど・・・。

 しかも、今、O氏に返信書こうとしていたら、PCがハードディスクごと壊れて、PCが立ち上がらなくなり、急遽ノートブックに切り替えて、このブログを書いています。

 いや~、今日二回も車にはねられそうになったんだけれど・・・。そのうち、一回は、足にタイヤが当たったんだけれど・・・。無傷だったけれど。

 ふ~む~。ヤバイ感じ。

 あの台湾の1999年に起きた921大地震を思い出す。あの日、私は台湾にいて、斜めに傾いたビルから、運良く逃げ出せた。

 ふ~む~。また、デジャヴしなくてはならないのだろうか?

 この的中率が異常に高いことで知られる予言者ジュセリーノを信じないわけではないが、そこで、地震が起きて死ぬのが運命(さだめ)ならば、それも受け入れなくてはならないのだろう。

 というのも、私は無為自然の実践者であり、「自ら然る」ものに心身を任せることを実践としている。それは、「自ら然る」ゆえに必然的なことになるのだから。従って、このとき自然は天地たる自然となり法ともなるわけで、この「自然=天」に身を任せることが「命」に服すこと、運命であり「如何ともすべからざる天命」だと識っている。

 そう、人間もまた「自ら然る」が故に自然なのだ。どうして、人間だけが、自然に逆らうことが出来ようか。儒家の言う「天命」は荘子にあってもその思想の中核をなしており、荘子は言う。 

「死生は運命である。夜朝のきまりがあるのは天である。人間の与り知らない処があるのが万物の真相である…そもそも自然は、我々を大地に載せるために形(肉体)を与え、我々を労働させるために生を与え、我々を安楽にするために老年をもたらし、我々を休息させるために死をもたらす。故に吾が生を善しとする者は、すなわち吾が死を善しとする。」こととなる。

 ジュセリーノの予言は、タイムラグがあることも多いという。私は、不思議なことに、荘子が大好きな兄弟子と共に、予言された日の次の日である17日と、さらに次の次の日である、18日も、この台湾埔里鎮の近辺にいる。ちなみに、兄弟子と、ある戦士とは、17日に台湾で合流する。

 しかし、何か起きて三人とも共に死すとも、我々の思想は天命に従い「死を善しとする」のだから、ある意味何も心配していない。そう、我々は、荘子のように運命随順主義者なのだから。

 ただ、こんなところが、ぼくの今生の終点だとしたら、神様ってやつは、相当意地悪ということになる。希望としては、最悪の場合でも、事が瞬時に起こるのではなく、時間的な余裕があることを祈る。

 ジュセリーノの予言 VS. ダニエルの運命

 もし、ジュセリーノの予言が的中し、このブログが更新されなくなったら、これを遺書だと思ってくれると、ありがたい。ただ、それは絶対にないな。

 己の信念による生き方を決して曲げず、運命から逃げ出さずに立ち向かう。この勇気を皆に伝えたい。それは、言葉じゃないんだ「生き様」なんだ。

 運命から逃げちゃダメだ。立ち向かったり、素直な心で受け入れることで、運命は姿かたちを変容させる。そして、受け手が、常に見極めなくてはいけない、出会ってしまった運命をどう受け入れるかという問題を。ぼくは、運命随順主義者だが、それは、「自ら然る(自然)」に逆らう必要性すらないという思惟に基づく。すなわち、「自然=天」であり、人も、また、自然であり、天であるという天人合一思想としての生き方なのです。

 ぼくは、決して宿命論者ではない。人は生きているうちに何度でも運命をやり直せる。もちろん、運命を変えて、乗り越えて行くことも可能だ。つまり、人は生きているうちに何度でも生まれ変わるんだ。

 予言どおりに形作られて行く識の織り成す世界。それは、完全に魔術(呪術)世界の領域だ。「人即天・天即人」に基づく、ぼくの「識」で、それを解体できるかどうか。必然的に試まなくてはいけなくなりました。というのも、その日、そこにいるからです。ジュセリーノの見る夢のリソース(何かきな臭い感じがする)が、どこから来ているか知りませんが、夢の宿命論者の幻影をぼく自信が追うことはありません。

 未来は、我々の手で切り開くもので、未来には何一つセットなどされていない。我々人間がセットしているのかもしれない。それが、良いものでも、悪いものでも。もちろん、要因となることは、あるだろう。この後のカオス理論で説明するが。運命とは、宿命論に基づけば、因数分解のごときものなのかもしれないが、多項式を因数(要因)の積に分けるのではなく、その源を見つめるようにしたとき、必然的に、多項式、言わば、命・卜・相に基づく未来判断や予言、予知夢というものが生まれてこなくなる世界がある。ぼくは、その世界を見つめることを常に提唱している。それは、密教で言う「幻身」を超えた世界でもある。または、荘子の見つめ続けた「胡蝶の夢を」抜けた「中」の世界とも言えるだろう。
 
 *「物に乗じて心を遊ばしめ、已むを得ざるに託して中を養う」。『荘子』内篇人間世篇

 ジュセリーノを信じないわけではなく、人格に疑いを持っているわけでもない。むしろ、自分の見た夢(要因)によって人を救い、これからも救おうとしている方なのですから(一概に宿命論者と決められないだろう)、きっと立派な方なのでしょう。ただ、ぼくとは生き方(行き方!?)が違うだけです。悪い夢は、解体されなければならないのです。

 四川大地震にみられる惨事の背景には、明らかに、人の意識が作り出した目に見えぬものを感じます。もしくは、目に触れられぬようにした影をうごめくものですね。四川大地震を起こしたとみられる竜門山断層帯は長期間めだった活動がなく、「死んだ断層」と考えられていた。つまり、何百万年も地震のない場所で突如として地震が起きる。そして、その近辺で同時期に行われていたチベット弾圧、虐殺・・・。数々の悲劇の連鎖が、負の供物として捧げられ、負の呼水となり・・・四川大地震は起きた。

 それは、カオス理論の世界に似ているのかもしれません。ある意味、カオス理論は、仏教でいう「縁起」の概念に似ている。縁起とは、「一切の事物は固定的な実体をもたず、さまざまな原因(因)や条件(縁)が寄り集まって成立している」とするものだ。

 小さな蝶(バタフライ)の羽ばたきが地球の裏側で台風を起こすこともある。

 カオス理論に「バタフライ効果」というものがあります。バタフライ効果とは、「初期値のごくわずかなずれが、将来の結果に甚大な差を生み出す」とするものです。

 つまり、世界的に高名な予言者の引き起こす、ささやきが、多くの人々の意識の気流に乗り将来の結果に、甚大な被害を起こすこともあるということです。

 運が良くも悪くも、かの予言の日、かの予言の地で、ジュセリーノの夢と会い目見(まみ)える。この羽ばたきを止めてきますね。ぼくの命が、こんなところで、羽ばたいちゃうのも嫌ですし、なにより、沢山の人が死ぬのをもう見たくないから。

 それに、こんなところが、ぼくの終点じゃない。

 こんなところで、終われるはずがない。

 ジュセリーノが逝き方を説くのならば、ぼくは生き方を説くしかないな。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

 まあ、何はともあれ、ジュセリーノの『プレステージ(偉業)』の犠牲者にならないように、気をつけまする。ヽ(`△´)/

 心配してくれ、メールをくれた多くの方に感謝します。このメールたちによって、ぼくは生きながらえることが出来そうです。そう、一人じゃないんだ。(◕ฺ‿◕ฺฺ)

 今、自分の中の「識」に認識させています。「台湾の埔里鎮で地震は起きない」と、何度も。

 だから、ぼくはこの予言がハズレると、この予言者に対抗して、予言する。

 もちろん、台湾は活火山の上にあるわけですから、永遠に地震が来ないと予言しているわけではありませんよ。「いつか、台湾の埔里鎮地震があるだろう」という予言なら、誰でも出来るでしょ(笑)。だって、活火山の上だし、可能性はいくらでもあるもん。ようは、今月、6月という一ヶ月で、時間を切って勝負しましょうや。

 さぁ、マジシャン対決ですね。ぼくの「識」の中で解体した事象が具現化するか、マジシャンが作り上げた夢が具現化するか。しかし、どちらのマジック・ショーが、客受けするかではなく、道理としてどちらが正しいか読者も理解して欲しい。人が虫ケラのように大量に死ぬ惨劇を見る前に。

 悪夢のマジシャン・ジュセリーノ VS. 虚無のマジシャン・ダニエル

 それでは、証明しに行ってきます。ぼくの業である照明に従って。

 勝てば官軍、負ければ震災被害者。これは、勝たないとヤバイね。背負っているものが大きいから。このスリル感が欲しくて、生きているような気がする。これだから、人間やめられませんわ。( ゜ 3゜)

 ちなみに、ぼくが負ければ、ここが更新されなくなり、必然的に皆から、「仏」になったとささやかれるのも、怖いですよね。(◕ฺˇV ˇ◕ฺ)
  

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2008/06/14 3:03:18
羅盤をつくるぞⅠ

 明日から、台湾出張で、お出かけしてきます。今回は、用途の違う二種類の羅盤製作をしてきます。

 一種類は、明澄透派羅盤です。明澄透派羅盤は、従来の三元派羅盤の用途だけではなく、太乙風水に対応した「十六方位」と、紫薇風水に対応した、「十二支方位」の二つの層が新たに加えられ、星度派の風水に完全対応したクオリティーの高い超・実践家向けの羅盤です。

 この羅盤は、今、兄弟子と執筆中の『明澄透派 奇門風水大全』に準拠していますので、この本の出版と共に、このスーパー羅盤も、販売を開始する予定です。

 「そんな、ハイレベルな羅盤を誰が使うの?」って、言われても、本当の明澄透派の知恵を持つ人は使うでしょうな。渋谷界隈にある明澄透派をパクった私塾の在校生・卒業生連中には、無理だろうな。だって、そこで、太乙風水とか教えてないもん。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

 別に売れなくて良いのよ。気楽に行こうよ。これが、「明澄透派だ!」という文化風物として、形のあるものとして歴史に残れば、それで良いのよ。

 あっ、でも欲しい人は、きっちり買ってね。(✿ฺ´∀`✿ฺ)ノ

 「太乙風水」の理気盤は「門向」と「屋向」(「碑向」)から出され、「干支」つまり時間には関係がなく、一世つまり30年ごとの行運を見ることができる。「太乙風水」の用途は、住宅などよりはもっと大きな高層ビルなどを鑑定するのに適しているとされる。方位は、「十六方位」という特殊な割り方をするのが特徴。

 「紫薇風水」は、「門向」「屋向」を測定して、「十二支方位」で「月支」と「時支」、旧暦の日付の代わりに「門向」の角度を使って「陽宅盤」を作るというユニークな方法。問題は角度の測り方で、通常の「羅盤」では、十二支方位ごとの角度を見るのはなかなか難しい。

 「星度派」の「羅盤」は、日本ではもちろん台湾でも入手が難しく、「明澄透派」の「羅盤」には「星度派」の使う「十二支方位」と「星度」の角度を刻み、実践者にありがたい構造になるだろう。そのため、「十二支方位」に「星度」の目盛を刻んでおり、「紫薇風水」も容易に使えるのだ。

 もう一種類は、地理風水法羅盤。水法使い(*魔法使いではない)に限りなく嬉しい、色々な水法技術に完全対応した総合的な三元・三合複合羅盤。ぼくの風水観を網羅したつくりになる予定です。20種類以上羅盤を持っているけれど、これが生涯の友になると思う。もちろん、明澄透派羅盤も片時も放しませんよ。そこには、ぼくの沢山の思い出が詰まっているから。

 そういう想いを込めて、自分の思い出の羅盤を設計したい!この地理水法羅盤の設計者は、ぼくとももう一人のマスターだが。このマスターが誰かは、ぼくのこの長たらしいブログをよく読んでくれる読者なら気づくだろう。そう、「ある戦士」です。ある戦士が誰かは、今は、まだ秘密だよ。( ・ノз・)コソコソ

 材質も、相当こだわる職人とのガチンコ勝負で、これらニ種類の羅盤を金型から起こして来るから。ものすごい、いいものが出来上がるのは。間違いなし。(◕ฺ‿◕ฺฺ)

 いや~楽しみですな。というより、楽しみにしてくださいな。( ゜ 3゜)

 ダニエル、台湾で良い仕事してくるアルカラネ。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

 あ~、なかなかディープな日々になりそうな予感。熱く燃えてないと、人生はシラケタ夕焼けみたいになっちゃうからね。

 ぼくは、湧き上がる情熱に対して、純粋になることにするよ。..+'(◕ฺ∀◕ฺ)..+* ゎぁ


 もう、風水古典籍からの抜粋や、過去の原版を色々と張り合わせ、つぎはぎのように層を多くし、まるで使いのにならない、中国・台湾・香港で売られているただのディスプレイレベルの羅盤など必要ありません。目的も無く、あてもなく、ただ、作られてしまっただけの、まるで、ただ産み落とされてしまった子供のような可愛そうな、ディスプレイ羅盤は、この世にいりませぬ。資源を大切にしたいね。(๑→ܫ←๑)

Henkakuitiran2000_2  一番、悲惨な人たちは、天書派(立向盤)の奇門遁甲を方位術として使う人たちで、その中には方位を真北で見る気の毒な連中がいるアルネ。そういう人たちにとって羅盤いらないアルネ地図アルネ。奇門遁甲で、地図だけ見る人たちアルヨ。(❀ฺ◕ฺω◕ฺ)
 こういった人たち、もう、カワイソウナ人たちと呼んだほうがよいかもしれないアルヨ。まず、山で遭難したら、一発で命飛ぶアルネ。(。♋ฺ‸♋ฺ。)
  自分の現在位置を地図とコンパスで探すことも知らないアルカラ。あ、そういう人たちの風水は、山行く必要ないアルカ。お家だけ見るアルネ。お金持ちのお家だけ、金持ちの余興として見るアルヨ。((´∀`))

 他の人よりお金持ちになりたい。他の人より寿命が延びたい、他の人より運が良くなりたい。風水は、幻像の比較対象を求め彷徨う亡者たちの慰みではない。そんな、欲望が加速するだけの風水は、この世に必要ない。TPO風水、反対!ヽ(`△´)/

 「欲に突き動かされて、迷いながら、彷徨いながら、どこにたどり着くの?」
 
 「そんなで、生きてるっていえるの?」
 
 ぼくは、風水に「生きってるって、それだけで素晴らしい!」という、輝きを求める。そのために、「風ト水ノ会」から、「風水のあるライフスタイル」を提唱している。それは、決して、人の欲望を助長するものではなく、常に、己に厳しさを課し、現実を受け入れて、自分を現像するクリエイターたちのものであって欲しいと願っている。

 そんな、戦場カメラマンたちにとって、カメラとなるのが、この羅針盤だ。これは戦士の武器なんだ。使い込んで、使い込んで、ボロボロにして、四角い隅が丸くなっても、君が常にこの心の原点に戻れるように、君を守って欲しいという願いをこの羅盤たちに込めたい。

 そして、この羅盤が、地図に見えない磁気をごまかさないように、君もまた、自分をごまかさないで欲しい。我々戦士の共通する風水への価値観として、これらの羅盤を傍に置いて欲しい。それは、象徴なんだ。

 ちなみに、磁北と真北では、東京都内を例に挙げると6.5~7.3度もズレテルゾ。磁気偏角は、カツラがズレるより、激しいのではないだろうか。カツラがズレテルゾ! (´Д⊂グスン

 確かに使える技術と中心の天池に方位磁石を盛り込み(笑)、実践家たちの厳しいニーズとぼくの願いに耐えられる。実践家による実践家のための羅盤を作りたい!そんな想いが、この羅盤の一層一層に詰まっています。

 「俺の生き様」、羅盤に刻んでまいります。( ´^ิ益^ิ`)ノ

 これらニ種類の羅盤の大きさは7寸2分(直径20.6㎝)で、数量限定で、作るので、欲しい人は、(σ・∀・)σ ここまで、メールにて予約してくださいね。 

 メールで、「ほしい」と書いておけばOKだから。製作する数の参考にして、予約してくれた人の分は、絶対に手に入るようにしますよ。その他の人は、数足りなかったら、「ゴメン。次、いつ出来るかわからない。」。ある意味、このブログを楽しみに読んでくれる人への特典かも。.(✿ฺ。 ✿。)

            明澄透派と日本透派は一切関係がありません。

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                    「羅盤を作るぞⅡ」ฺ

                    「羅盤を作るぞⅠ」

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