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2008年7月
2008/07/27 3:11:04
同志

 最近、色々な人から手紙が寄せられる。それは、すごく嬉しいことだ。sun
 
 人によっては、「風水は勉強したことがないけれど、あなたの言う風水を知りたい。」、「あなたの目指す世界を一緒に見てみたい。」とまで言ってくれる。

 色々なコメントが、ぼくの歩みの一歩一歩を力強くさせる。

 新しく、志を共にする「同志」が集まって来てくれる。まだ、実績も何も無い、ぼくを頼りに。

 方や、ぼくを頼りに一緒に歩いてきた「仲間」が、ぼくを悲しくさせる。

 つまらないプライドとか、欲望とか、そんなもの全て捨てて、もっと自由に生きられたらと思う。

Img_9565 新しい人たちが集まった時に、ぼくらは模範となるべく行動できなければならない。それは、傲慢に、ぼくのそばで胡坐をかいて努力を怠ることではない。心を静かにして思い出してもらいたい。この写真の沈黙と目指すものを。今、一人一人が試されている。一人一人が見られている。穴が開くくらい見られている。

 そして、ぼくの仲間がポッカリと開いたブラックホールのような、人生と人生が交錯する穴から洩れて落ちて行く。ぼくは、後ろめたいことなど、何もしていないのに。

 ぼくに対して、後ろめたい人間が、背を向け、顔を背ける。この闇の中にあって、君の顔が見えなくなってゆく。頼りにしていたのに。それくらいの覚悟しかなかったのかと思うと、虚しい。ぼくは、皆の明日になろうと、人生までかけているのに。

 この闇を切り裂き、前に進まなければならないのに、この闇の中で、「仲間」との関係までを切り裂き、前に進まなければいけないとは。

 何という皮肉だろう!

 闇に埋もれて行く仲間の手を取り上げ、救い出せずに、闇の中ではぐれ、置いて行くことになるとは!

 己の無力をただ痛感する。この痛みを君が感じている以上に胸に刻むことを誓う!

Img_9783 この世界の闇は、かくも根深く恐ろしい。深い闇が根を下ろした世界を気配を殺して、ここまで走ってきた。この闇を走り抜けるための回答は、たった一つだ。それには、志という光を高く掲げ、共に灯せないならば、「仲間」ではあっても、「同志」として、新しい世界を目指せない。この闇の中で生き別れになってしまう。 

 気を目的となる対象にあわせて確かに持つこと。それが、正気を保つことだったし、また、「気持ち」の問題だった。気が途切れることは、即ち、死を意味する。仲間と仲間の関係にあって、「気持ち」が通じなくなる時、袂は分かれて行く。はじめにあった「気持ち」を維持して、高い「志」に向かわなくてはならない。しかし、まだ信じている。「こんなつまらないところで、大事な仲間が死ぬはずがない」と。

 そして、「同志」でなければ共に登れない険しい山まで来てしまった。ここから一気に、この闇を走りぬける。

 闇の中ではぐれた「仲間」が見当たらないよ。

 新しい同志たちが、ポンとぼくの背中を叩く。そして、言う。

 同志たち:「さあ、行こう!止まったら、皆死ぬぞ。」。

 ぼくは、止まれない。新しい同志、希望の光を持ち寄る多くの人々の想いを深呼吸して、ここからは、呼吸を止めて、一気に走り抜けなくてはならない。悲しみも全部、味方にして、今は走り抜けなくてはならない。

 止まったら、皆を犠牲にしてしまうから。

Img_9875 今は、後ろを振り向く余裕が無い。お仲間と呼ばれた皆、ただ、今だけは、黙って走り抜けるぼくについてきてもらいたい。そうしないと、ここではぐれてしまう。こんなつまらないところで。
 *この写真の場所がつまらない場所だったように。

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2008/07/26 1:48:06
『羽飾り』

Cimeies_3            

       『羽飾り』

                     
           

           どこからか抜け落ちた 羽毛が中を舞うように  

           感情だけが整理しきれずに 置き忘れられて

           それが 償いのように ぼくを捕らえてしまう

           でもね あなたも あの人も あの日々も

           君らが思うよりも ぼくは自由だ

           正確には 君たちが ぼくを自由にした

           不自由な自由が翼を広げた

           愛と呼ばれた感情の断片から成り立つ

           連なった綺麗な羽飾り

           きっと 皆で羽ばたけると信じて疑わなかった羽飾り

           いつでも 選択肢が転がり

           風は ぼくらを浮き足立たせた

           けれど 付けた羽飾りが強風に煽られ

           奇しくも もがれた時に知った単なる事実

           そう 「付けた羽飾りでは 空を飛べない」

           いまもね 時々見るんだ あの空を 羽ばたいている 

           ぼくらが見た夢を

           そう それは過去の実現されなかった現実たち

           報われなかった 現実が今の自分に囁く

           静かな内なる声との対話

           無垢であってこそ得られる本当の翼

           それは 孤独と引き換えの自由だったのかも

           つまり ぼくは捧げた自分の生を

           人は何かを失うことで 別の何かを手に入れる

           悲しい生き物

           ぼくは 手に入れたよ 決して折れない翼を

           そう 「付けた羽飾りでは 空を飛べない」

           それは人々に降り注ぐ風と舞う

                                                                     

                                                                        From  “『断罪』詩と心” 山道帰一
                                                                                          

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2008/07/23 14:16:43
日光東照宮に龍穴なし

 南無阿弥陀仏!

 ついに、ぼくらのお仲間も攻撃対象に(笑)。

 自分のブログ内に関して、過激な発言とそれにまつわる全責任をとるのは、ぼくの仕事であって、皆が色々な影響を受けてくれるのは、ありがたいが、注意したほうが良いだろう。攻撃対象になるものが、ダイレクトに、ぼく自身には、ならない場合もあるのだろうから。

 それは、戦いの必定で、弱い部分から叩かれる。

 つまり、皆がぼくの周りで、発言に注意しなければ、今後、ますます叩かれる可能性がある。

 もし、そういった誹謗中傷を恐れるのならば、発言には注意したほうが良い。

 発言するほうも、発言するほうで、自分なりの考えを持っているのだから、その考えがどう間違っているか、教え諭してあげなくてはいけない。

 それが、発言をするものの責務だ。

 その対話を成り立たせる責任がないならば、発言にも注意すべきだ。それは、ぼく自身を含む、全ての人に言えることではないだろうか。

 ちなみに、相互リンクしている人と仕事の上で繋がりがある人たちのブログ以外読まないんですよ、ぼくは。それをことさら、ぼくに、「誰かのブログで、こう書かれている。」と、報告されても、どうでも良いことなんだよね。識が穢れますぞ。( ゜ 3゜)

 今後は、各自自分たちで責任を持ちましょうね。ぼくは、ヤクザの元締めでもなんでもないんですから(笑)。今回は、自分で言った責任は、ぼく自身が持ちましょう。

  ダニエル:「日光東照宮に、龍穴なし。」。

 じゃあ、責任を持って、最後まで言いましょうか。それが、ぼくの責任のあり方だしね。

Map_4           
      <日光東照宮に、龍穴なしの理由>


一、巒頭の上から。

2_2  日光東照宮には、「束気」がなく、龍の首に当たる部分が無い。つまり、「気再走去」、まだ龍が動いており、穴を結んでいない。それは、巒頭に精通した、このブログである戦士といわれる台湾屈指の風水師が、日光東照宮まで、足を運び、何故か、日光鬼怒川温泉で一泊して(笑)、また、日光東照宮に戻ってきた、何度も歩き回り、十分に巒頭(形ある実態)を調査した結論でもある。他にも、地理風水の上で、大きな問題がいくつもあったが、省略する。

 ある戦士:「ここに、龍穴があるはずないだろ!ここは観光の名勝遺跡と呼ぶのだ。」

二、名勝遺跡を龍穴に置き換えるのは不可能。また、家康は神ではない。

 家康公の相談役であり、政治顧問の天海僧正は、『日光が日本国中で最もすばらしい“聖地”』として自分のお墓を日光に建てて欲しいと、遺言を残し、家康自身も、『自分が死んで、一周忌が過ぎたら、日光山に小さな堂を建てて、自分を神としてまつりなさい。自分は、関八州(関東地方)の平和の守り神となろう。』と言い、遺言は実行された国家運営に支障をきたすほどの大きなお堂を建てるために。

 そして、1616年(元和2年)駿府で75歳の生涯を閉じ、“神”としてまつられた家康は、関八州のみならず日本全土の平和の守り神となったとされるが、現代において天皇さえ人間宣言したこのご時勢にあっては、家康が神だといっても誰も信じないし、知らないだろう。

 皆、日光東照宮が、名勝遺跡だということを知っている。

600pxursa_minor_constellation_map 三、北極星を要の位置だと決めるのは、自由だが、北極星は、龍穴の位置を示すのと関係が無い。

 日光は江戸のほぼ真北。北天は、宇宙の中心であり、不動の北極星を中心に星々が、規則正しく運行するとされ、これがこの世の規則であり、江戸から見れば、その要の位置に日光がある。”とされるが、北極星は2008年現在、自転軸から 1度あまり離れており、直径約2度の小さな円を描いている。。

 また、北極星は春分点歳差のために、北極星は何千年か毎に別の星に移り変わる。紀元前2000年代にはりゅう座のα星(トゥバン)が北極星に当たる位置にあり、エジプトのピラミッドに北向きに作られた空洞は、当初この星に向かっていた。

50  ちなみに、この北極星を持ち出して、日光東照宮に龍穴があるというのは、ピラミッドにも龍穴があると言っているのと同じ、ロジックである。そこには、四象、地理五訣(龍・穴・砂・水・向)をはじめとする巒頭の様々な理論がまったく成立しない。「お~い、ここ砂漠だよ」と言ったところでしょうか。

 余談だが、北極星は全天で51番目に明るい星で、最も明るい星はおおいぬ座のシリウスである(地球から見た明るさで、太陽・月・太陽系の惑星は除く)。

 日光東照宮という、江戸と北極星を結ぶ中心軸にまつられることによって、家康は日本の平和の守り神になろうとしたというが、以上の理由から北極星の位置にあわせた単なる迷信と宗教に過ぎない。

 何度も言うが、北極星は春分点歳差のために、北極星は何千年か毎に別の星に移り変わる。1万3千年後にはこと座のベガが北極星になる。

 当時これらの天体観測が理解されていなかった。勝手に北極星を不動の星と勘違いした挙句、「北辰信仰」と化していたのだ。それは、風水ではなく、宗教だった。

Ekisen 四、日光東照宮は、風水師が施工したわけではない。ただの易卦のお遊びだったの!?

 元禄元年から元禄3年(1690)頃にかけて行われた、日光東照宮の改修工事は、一番大掛かりで、その工事にだずさわった江志は江戸の中西正則に、中西流の数学を学び、東禅寺の天霊禅師に付いて易学も学んだとされ、その内容は、「五行十干の理、卦殳彖象の義」とされる。

 ちなみに、江志知辰は、元禄3年(1690)頃に、易の大家である渋川(保井)春海の弟子となったされる。

 易は儒学の「四書五経」の一つであり、これらの日本において、易の大家とされ人々が、北極星を崇める、「北辰信仰」というロジックに基づいて、日光東照宮が、これらの易の大家とされた人々のロジックと共に構築されて行くわけですが、明らかに、そこには、日本の五術の捉え方と同じ間違いが反映されています。

 易の大家だから、風水師と決めつけてしまう、易=風水という何も風水を理解していない、一般人の通説レベルで、勝手な解釈が拡大反映されただけである。陽明門は、ただ真南を向いて建っているだけ。ヽ(`△´)/

 数少ない台湾の著名な風水師であり、研究家であった故・孔日昌氏は言っておりました。

孔日昌:「現代の風水は、易卦の遊びをただ繰り返しているだけである。
       後天卦を先天数に配合し、
       先天卦を後天数に配合しているだけの遊びを。」

 これは、易卦だけによって、風水全体を判断しようとする、何処の国も共通して陥ってしまう、風水の罠。「理氣だけ風水」、絵に描いた餅への痛烈な批判だった。

 総合的に一言いわせてもらえば、巒頭(形あり、実態のあるもの)の上から「龍穴」と呼ばれるものが、日光東照宮に、本当に無いのです。けったいに、「五行十干の理、卦殳彖象の義」などを巒頭に持ち込まれても、困るんですな。 (。→ˇ艸←)

 もちろん、母体となる原義に関係あるに決まっているが、どこをどういって、理氣の上でしか成立しないロジックを目の前に差し迫った土地や風景の上に置くのか、意味不明のことをする人が多すぎる。実際の地勢、形勢を読み解きなさい。

 山道からの今日の一言:「現実を見なさい!答えはそこにあります。」

 理解してくださいね。(・´з`・)

 おっと、オレこのまま、『間違いだらけの日本風水』という本書いたら、結構面白そうかも。

 同時に、『間違いだらけの日本奇門遁甲』も、面白いかも。方位術として、行動し移動する上での立向盤で、「日盤がもっとも使える」と言っている人がいるようですが、現代で、24時間かけて、移動する人がいますか?

 使用可能なのは、時盤のみです。日盤を使うということは、24時間かけて目的地に移動するということで、現代で、その様な長時間を要する移動など、まずありえません。

 多分、立向盤一つ一つの使い方が、日本では、間違いだらけで、ただの迷信と成り下がっています。ヽ(`△´)/

 こういったことを一つ一つ指摘し、教え諭してくれた張明澄先生と偉大な教えに、ただ感謝!

 間違いは、恥ずかしいことでは無く、固執して、恥を垂れ流す学習力と意欲の無いことが恥ずかしいことです。

 人間は、神ではないのですから。家康が神でないように。

 我々、か弱き人間の間違いの何処に恥ずかしいと思うことがあるというのでしょうか。自分の狭い世界に固執せずに、もっと大きな世界を見つめてください。私も、また間違えることもあるでしょう。その時、こういった指摘をしてくれる人がいるならば、それは私の幸せです。..+'(◕ฺ∀◕ฺ)..+*

 私は、日光東照宮に龍穴が無かったと、「龍穴」という風水文化の定義に基づいて、自分のマスターと共に、執拗な現地調査し、「龍穴」を探す専門家として論じているのであって、龍穴が無いからといって、誰かの文句を言ってはいませんぞ。その辺りを、ただの誹謗中傷と勘違いしないでね。ヽ(`△´)/ 

 このブログは、モグラ叩きではないということをわかって欲しくて書きました。また、人としてしてはならないのは、人様の先生の悪口です。それは、論理とは関係が無い。

 お仲間にも言い諭しておいたので、ケンカ痛み分けで、双方とも、誹謗中傷の部分を消すと良いアルヨ。(✪ฺܫ✪ฺ)

 ちなみに、このブログは誹謗中傷していませんぞ。ぼくが見た風水世界観を淡々と書いているのです。(σ・∀・)σ タイトルにもちゃんと「山道帰一の風水世界観」と書かれており、ここを見に来る人は、山道の「世界観」や「個人的に思ふ」ことを覘きに来てくれているという前提なので。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

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2008/07/17 2:23:14
擇日法

 最近、いつも、「日本の風水世界は闇だ。」などと言うもので、「どうして、闇なの?」と、質問されます。そこで、説明しましょう。ヽ(`△´)/

 例えば、風水師が具体的に「風水の影響をどう時間と共に見つめる」かという「擇日法」を使う「擇日師」と呼ばれる人が皆無なことから、闇だと言うのです。現代において、日本は、アジアの中でも、超・風水後進国です。定義で、「陽宅擇日吉課」・「陰宅擇日吉課」・「合婚擇日吉課」などを組み立て作成する擇日文化そのものがないのですから、その風水も致命的に欠けているという事なのです。何故なら、「擇日は未来における大事な風水の影響を改善する。」、一つの要素なのですから。

 擇日の起源は中國において、正統擇日の方法として、「天星擇日法」である「七政四餘」と「三合擇日法」である「通書擇日」、または「黄道吉日」と呼ばれる二系統に分類できます。正確には、この二種類の方法のみを「擇日法」と呼んで良いのです。

 巷では、「玄空擇日」、「玄空大卦擇日」、「易占擇日」など色々なものを見かけますが、全部デタラメのイカサマです。とかく現代中国では、文化大革命以降消失した伝統と技術を近年中国の政策がゆるくなり、風水典籍が、世界中から再び集められた事も手伝って、それらがコピーされまくって市場に出てきた結果、勝手に古典を読んだレベルで、適当に風水を語るものたちがあふれ出しました。

 つまり、世界のコピー工場中国では、風水師までもが人造的にコピーされ、大量に作られたのでした。彼らは、ありとあらゆる家名や、姓が同じだけと言う理由で、有名な風水師の家系にあてつけたりし、生き馬の目を抜く方法で、捏造を始めたのです。

 もちろん、比較的伝統文化が維持された台湾でも、適当なことを教えたり、秘伝と称して商売していた怪しい風水師たちから、大金をはたいて、何か適当な捏造された風水を習って帰って来て、それを「本当の風水」だと思い込んで、間違ったものを伝播してしまった奇特な人も多いです。さらに、その奇特な風水に自分で手を加えちゃうものだから、目も当てられない状態ですな。滑稽と言わざるを得ません。(✿ฺ。 ✿ฺ)

 この彼への個人的なメッセージ、この部分は関係者以外スキップしてね。小さい字でも、心を込めて書きました。(´^ิ∀^ิ`*)

 「你的上帝快要告白你,你才是騙子。
  那個新建的家,一完成,就馬上夫婦離婚了,成為了空房。
  雖然你賺錢,可是你的慾望讓這個夫妻變不幸了。
  我把同情給這個針灸師。
  這個針灸師的太太,根據閃閃發光閃亮的假冒者被欺騙了。
  你的上帝已經告白我了,你就是真騙人的。
」

 こっそりと、この部分を読んでしまった読者も、自身で悟らなければならない!

 人を不幸にするのが風水なのか?

 少なくとも、私は自分の風水を通じて、一円たりとも、利益を得ていないし、まして、人を脅しもしなければ、不幸にもしていない。私が脅すのは、イカサマ師だけだよ。 

 この五術の世界では、しばしば、「その人の定力(実力)に見合ったもの意外やって来ない。」と、言われます。また、この世界は極端な言い方をすれば、究極の自己満足の世界なので、真に実力と経験がある風水師たちは、まったくと言って良いほど、表に出て全うなことを言うのをめんどくさがっていました。ある戦士や隠者のように(ブログの読者はご存知の方々ですね)。( ゜ 3゜)

 台湾で有名な風水師だからと言って、イカサマ師ではないという証明にはならないのです。台湾でも、日本でも、有名な人から順番にその風水体系自体が怪しいでしょ?どこの国も同じだよね。( ・ノз・)

 また、たちの悪いことに、日本に来ている中国人留学生たちも、この何もわかっていない日本を食い物にするかのように、ちょっと、古典を読んだレベルの漢字を並べただけのイカサマ・ロジックで、催眠レベルの風水と子供レベルの内容をさも、大事そうに、「秘伝」とあてつけ、語り始めたのは、驚きに値します。誰か、商売人が裏で糸でも引いているのでしょうが。

 マリオネットとコピー王国から来た劣化版コピーの風水師たちと、日本人が勝手に自分で作りあげた何ら文化に還元できない幻想とイカサマな教えたち。これが、日本の現状と惨状の全てです。

 内涵(内側の人間)からみれば、明らかにわかることですが、一般人は、騙されまくりました。高い授業料払ったことあるでしょ?えっ、○△町で払った。う~ん、わかるよその悲しい気持ち。そこに、母体となった人の教えはないんだもの。アレは、ダメだよね。あんなもの無くなってしまえばいいんダヨ。オレ、がんばるね(笑)。

 ぼくは、六大課に入らない「玄空風水」とかは歴史が浅く信憑性も薄いので、存在すら意識しなかったのに加え、日本に戻って来るまで、興味すらなかったのですが、何故か日本では、大風呂敷を広げ、大ブレイクしているのを見て、見聞を広めるべく、色々な講座を見に行きましたが。惨憺たる内容と理論でした。原因は、世界中に散った劣化版コピーの人造風水師たちが背景にいましたし。(╬◣д◢)ムキー!!

 ちなみに、ぼくは、「玄空風水」に対して、何ら信憑性や信頼性を置いていませんが、レイモンド・ロー先生の玄空はロジカルで、個人的には、レイモンド・ロー先生の行動原理に及ぶ心理学としての「山水飛星」のみは認めています。まあ、世界的に東京大学と並び評される香港大学を卒業するくらいの頭脳の方なので、確かな技術として、ロー先生は玄空を発展させ、使いこなしていますね。その辺の食い詰め者や人造コピー風水師たちとは一線を画します。

 ロー先生は、もちろん、用途限定の狭い範囲でしか「玄空」を使いませんしね。また、ロー先生は、色々な技術を組み合わせて使うことで、風水を多角的に見つめているので、弱点や危うい点が少ないのです。やはり、賢い方なのです。ぼくの大好きな尊敬している先生の一人です。

 まあ、現代における「人造劣化版コピー中国人風水師(Made in China)」たちと、さらに日本で製造されているこれよりたちの悪い「人造劣化版コピーのまたそのコピー日本人風水師(Made in Japan)」たちは、現在の中国や日本、アメリカ、ヨーロッパ(ドイツとかね)において、風水鑑定やコンサルと言う名目で、大金を稼げるのですから。当然、イカサマ師が跋扈するでしょう。中国人は昔から、迷信や縁起物が大好きですから。あ、日本のスピチュアルと言われる世界も同じですがね。

 そのような、劣化版人造風水師が適当に練り上げたのが、適当で物笑いの種になるイカサマ風水や擇日方法たちでした。いっぱいあるでしょ?「玄空擇日」、「玄空大卦擇日」、「易占擇日」などなど。

 つまり、日本は未だ本当の純粋な風水伝統文化が伝播しておらず、内涵(内側の人間)からは、物笑いの種にされているのが現状です。つまり、ピーナッツの皮しか見ておらず、中身のピーナッツをまったく知らない状態なのです。この惨状に対して、ぼくは、表の世界に「コンニチワ」し、警鐘を鳴らしているのです。(╬◣д◢)ムキー!!

 例えば、「擇日」と言ったら、この二種類だけですからね。皆さん、気をつけてくださいよ。 

  「天星擇日法」⇒「七政四餘」
  「三合擇日法」⇒「通書擇日」、別称「黄道吉日」

  
 天星擇日とは古代において高位高官の人たちに用いられました。死去した時に用い、埋葬する期日を選んで、必ず死者の誕生日をも考慮し、その死者の所属の惑星が現れて、やっと初めて埋葬することが許されました。その意味は、「歸位之義」、つまり、「輪廻し、また現世に帰る」という風水による中華輪廻転生思想を現し、死者が生前と同じ位に復権するものとされたのです。あ、そういえば、ぼくのブログは、「歸一」、として書いています。つまり、「一に帰る」意味です。

 ぼくは、日本が大好きなのです。この国を守る「義」のために動いているのです。大義でしょ?(。≖ฺ‿ฺ≖ฺ)

 こんだけ、混乱した風水闇社会だと大儀(骨が折れる)でもあるけれどね。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

 ちなみに、本当の明澄透派では、「七政四餘」を擇日に用いる「天星擇日法」が用いられております。

 ある戦士の風水体系では、三合擇日法である「通書擇日」、または「黄道吉日」と呼ばれるものを用います。以下ご説明しましょう。


Cimg2947 写真の二冊の一つ清朝の人、洪潮和からの「通書」もまるで理解されていません。通書に書かれている様々な方程式とも呼べるロジックを組み立てて、本当の「擇日」を作成できるという「擇日師」は、日本において皆無だと、ある戦士さんは言います。ちなみに、ある戦士さんは、日本国内の風水の水準を調べるために、日本に売られている大半の風水と言う名前がついているだけの多数の本に、目を通した上で言っています。

 立ち読みだけれどね。買ってもしょうがないでしょ。(╬☉д⊙)  日本国内の現状では、レイモンド・ロー先生の『完全定本 風水大全』以外の風水本は・・・。ヽ(`△´)/

 例えば、本当の「擇日」とは、本来、下のサンプルのように書かれており、クライアントに正しい日取りを教えてあげるのが、擇日であり、風水文化であり慣わしだったのです。このサンプルは、ある戦士が作成した通書擇日における「合婚擇日吉課」の起例です。

 「合婚擇日吉課」のフォーマットと起例をダウンロード →黄家と江家の結婚におけ擇日例

 多分、これを見ても、何故このような日にちが、導き出されるかをロジックとして理解するのは、一般人には、不可能です。それは、擇日師と呼ばれる人たちの仕事なのですから。

 また、「擇日法」ができなければ、「風水師」ではないと、ある戦士は言います。

  ある戦士:「擇日をするということは、対象となる一族、家族の責任を背負うことにある。」

 と、老師は言います。う~む、重いなぁ。だから、ぼくも半端な気持ちでは、個人鑑定をやりません。理解していただけたでしょうか?

 ちなみに、今、ある戦士と共に書いている本では、「擇日とは何か?」を徹底解説しますよ。今まで、「擇日」、「通書」について解説された本は、日本国内では皆無でした。ちなみに、全然、通書を使いこなすことができないアメリカ人の書いた通書の翻訳本があるけれど、読んでも、知ったかぶりの学者にしかなれないぞー。( ・з・)

 ぼくらの書く本は、実践家になるための本です。エエ本になりそうでしょ?( ゜ 3゜)
 そして、この本を呼んだ人は、自称、風水師を名乗ってきた人たちに気軽に尋ねてみてください。

 「陽宅擇日吉課を作成してくださいな。」など、聞いてみるのも良いでしょう。そして、この本に出てくる解説を読み、彼・彼女らのつくる擇日と、その擇日のフォーマットと比べてみてください。「擇日法」に基づく、フォーマットは、必ず指定されたフォーマット以外ありえません。その本に出てくるフォーマットと違うということ、即ち、「擇日」ではないということになります。

 こういった本が世に出てくると、正しい知識が普及し、一般の人たちが、物事の真偽を見極めることが出来るようになり、イカサマ自称風水師たちが自然淘汰され、闇に光が立ち込めるようになるでしょう。その時、この風水後進国日本も、発展する見込みアリですな。

 ちみなに、こういった本とは、ダニエル(山道帰一)とある戦士が書いている『完全定本 地理風水大全』ですね。

 追伸 / 立ち読み禁止。ヽ(`△´)/

<関係ページ>

  • 堪輿と擇日法
  • 理気とは何か?
  • 学者の陥る風水研究の罠
  • 研究者として、プロとして問われること
  • 擇日法
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    2008/07/17 1:49:07
    羅盤をつくるぞⅢ

     ああ、日本に戻って、メッチャ忙しいがなー。羅盤の製作会社から、下図が届きましたぞ!
    E68e83e79e8400011_3
     「明澄透派羅盤」 <三元盤>

     東海金師兄と山道による奇門派風水・星度派風水・三元派風水に完全対応。明澄透派完全復活の象徴。 

     「太乙風水」の理気盤を含む。太乙風水は、「門向」と「屋向」(「碑向」)から出され、「干支」つまり時間には関係がなく、一世つまり30年ごとの行運を見ることができる。「太乙風水」の用途は、住宅などよりはもっと大きな高層ビルなどを鑑定するのに適しているとされる。方位は、「十六方位」という特殊な割り方をするのが特徴。

     「紫薇風水」の理気盤を含む。紫薇風水は、「門向」「屋向」を測定して、「十二支方位」で「月支」と「時支」、旧暦の日付の代わりに「門向」の角度を使って「陽宅盤」を作るというユニークな方法。問題は角度の測り方で、通常の「羅盤」では、十二支方位ごとの角度を見るのはなかなか難しい。

     「星度派」の「羅盤」は、日本ではもちろん台湾でも入手が難しく、「明澄透派」の「羅盤」には「星度派」の使う「十二支方位」と「星度」の角度を刻み、実践者にありがたい構造。そのため、「十二支方位」に「星度」の目盛を刻んでおり、「紫薇風水」も容易に使える。

     最高品質の電子木を使い、耐水、耐久問題を考慮したつくりです。また、羅盤には、特殊コーティングかけられており、半永久的なつくりです。

      ■7寸2分(20.6㎝)
      ■8寸6分(32.5cm)
    *写真は、8寸6分(32.5cm)のものですが、図版は、まだ完全な完成をしてないので、一つの目安としてください。

    81621_2_2 「地理風水法羅盤」 <三元・三合複合羅盤>(仮名)

     「ある戦士」と山道が心血を注いだ水法完全対応羅盤。大地自然と羅盤が重なる。

     水法使い(*魔法使いではない)に限りなく嬉しい、色々な水法技術に完全対応した総合的な三元・三合複合羅盤。ぼくの風水観を網羅したつくり。ある種の擇日法にも準拠する予定です。写真は、まだ完成版ではありません。

     ぼくの風水の老師、「ある戦士」と自分の思い出の羅盤を設計したい!この地理水法羅盤の設計者は、ぼくとももう一人の老師だが。この老師が誰かは、ぼくのこの長たらしいブログをよく読んでくれる読者なら気づくだろう。そう、このブログの「ある戦士さんとオレ物語」シリーズの主人公さんです。ハイ。

     最高品質の電子木を使い、耐水、耐久問題を考慮したつくりです。また、羅盤には、特殊コーティングかけられており、半永久的なつくりです。

      ■7寸2分(20.6㎝)
      ■8寸6分(32.5cm)
    *写真は、8寸6分(32.5cm)のものですが、図版は、まだ完全な完成をしてないので、一つの目安としてください。

     多分、初版生産で終わると思うので、欲しい人は、メール予約必須になりそうです。というのも、自分が使いたくて、作るだけですので。この羅盤はどこかの壁掛羅盤屋さんの物と違って、商売じゃありませんから、無くなり次第、売り切れゴメンナサイ可能性大。(→ܫ←)

     この羅盤に引き寄せられ、この羅盤を正しく使ってくれる人、大歓迎です。きっと、縁ある人たちなのでしょう。 (✪ฺܫ✪ฺ)

     「どうやって、正しく使うのか?」ですって?解説書つけますがなー。

     えっ、「それじゃ足りない!」ですって!本を出しますがなー。

     ええ!? 「それでも、足りない!実践レベルで学びたい。」ですって!

     ふ~む、お客さん、エライ難しいこと言いますがなー。

     この羅盤の持ち主には、なんかやる時は、声かけるがなー。

     今まで、予約してくれた多くの方に感謝!多く注文するほど値段を下げられますので。また、同じ想いを共通する同志として、この羅盤を共に持ち、この闇世界に光を。

                明澄透派と日本透派は一切関係がありません。

                         <関係ページ>

                        「羅盤を作るぞⅦ」

                        「羅盤を作るぞⅥ」

                        「羅盤を作るぞⅤ」

                        「羅盤を作るぞⅣ」

                        「羅盤を作るぞⅢ」

                        「羅盤を作るぞⅡ」ฺ

                        「羅盤を作るぞⅠ」

     


     これらニ種類の羅盤の大きさは7寸2分(20.6㎝)と8寸6分(32.5cm)で、数量限定で、作るので、欲しい人は、(σ・∀・)σ ここまで、メールにて予約してくださいね。2種類2サイズで、合計4種類の羅盤となりますです。8寸6分(32.5cm)は、レーザーポインタ付になります。ケース・詳細日本語解説書は、全部ついていますぞ!

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    2008/07/12 15:15:41
    裏切りの代価

    Giotto1_2  裏切り者のユダは、キリストを売ったお金で、ブドウ畑を買って、そこで首を吊って自殺した。
     ベトナム戦争で、歴戦の猛者を震え上がらせたのは、戦場での恐怖に耐えられなくなり、シャブ中になった味方からの援護射撃ならぬ後ろからの誤射だった。

     山東省の済南にいます。出発前にケータイが壊れて、SIMカードを以前使っていたものに急遽入れ替えて、問題なく、北京に着きましたが、少しつづおかしくなり、山東省に着いた頃は、画面が真っ黒で何も見えませんぬ。今月、2台のケータイが壊れました。ふ~む、あの時、最新のケータイを買っておけば・・・。

     やっと、ネットが繋がる場所に移動できました。10日に山東に移動しましたが、ホテルで待っていたこちらの有力者の方が突然、ホテルとケンカを始めて、ホテルが最高のホテルから最低のホテルになってしまったので、ネットも、国際電話もかけられず、遊撃隊からの一報をお仲間に入れられず苦しんでおりました。

    Cimg2693  周りにいる人のケータイを借りても、国際電話をかけられないケータイで、外の公衆電話も、国際電話をかけられないのです。ここは、想像を絶するド田舎です。遊撃隊は、一人でゲリラ戦を展開し始めたのでした。

     11日にホテルのグレードアップを試み、国際電話がかけられるところに来ましたが、ケータイには何故かかけられません。ネットはかろうじて繋がります。
     
     ここまで、人と連絡を取れずに苦しんだことも少ないです。

     9日に、斬り込み隊の皆様と合流し、いつの間にやら、積もる話で夜十二時を超えて、ホテルに戻ったのは、10日の朝2時半ごろでした。

     ホテルに戻ると、趙社長が、言いました。出発日の数時間前の朝2時半に。

     趙社長:「今日、私は用事があって、山東省には行けないので、山道さん一人で、
           行ってください。」

     ただ聞いていて唖然とした。しかも、その理由が、お兄さんの13歳の子供を日本に連れて行くからだとのこと。

     私は、一緒に山東に実験に行き、14日に一緒に日本に戻るという約束で来たので、話が違うと、猛烈な抗議をしましたが、取り合ってもらえませんでした。

     朝の5時まで、この実験が、いかに大事かを説得し、北京での努力を無駄にしないように、仲間の努力を無駄にしないように説得しましたが、取り合ってもらえません。

    Cimg2675 そもそも、この人(写真右の男)に「仲間」という概念を理解できていない、認識のズレを決定的に感じました。
     *この写真は、裏切り者との最後の晩餐。

     このキチガイのような出来事に直面し、朝の5時まで、説得し、二人とも疲れて眠りましたが、6時出発のはずなのに、趙社長は、私達の部屋だけ、モーニングコールをセットしていませんでした。

     6時に斬り込み隊の先発の飛行機で、日本に戻るお二方にご挨拶するのが、出来ずに、大変申し訳ありませんでした。

     そのため、7時に起き、すぐに駅まで行き、趙社長も来るのかと思いきや、そのまま見送りされ、一人で、山東省に向かうことになりました。

     このような思考は、北京での実験が芳しくなかったので、山東での実験結果いかんによっては、責任をこうむるので、怖くなった上での責任回避の卑怯な脱走でした。いかにも、現代の中国人らしい思考です。

     我々の勇敢な部隊からも、ついに卑怯な脱走兵を出してしまったのでした。

     この卑怯な裏切り行為に頭にきて、自分も、北京に戻ろうかと思いましたが、ここまで、繋いだ皆の努力を無駄には出来ない。まして、逃げ出すなど、ぼくには、死んでもできないことです。

     一度見た夢は、挫けずに最後まで貫き通すことで、人は夢の殉教者となれるのです。夢は、決して人を裏切りません。人が夢を裏切るのです。一度見た夢は、最後まで見るから、楽しいのです。辛い現実を前に逃走しても、次の辛い現実が人を待ち構えているだけなのですから。だから、ぼくは辛い現実を目の当たりにしたとき、逃走せずに、闘争します。何もせずに、勝ち得る夢などありはしないのですから。

     逃げ出した結果、そこにどんな夢が続いて行くというの?

     辛い現実、辛い戦場から、怖くなって逃げても、逃げたという臆病者の資格が与えられるだけだ。しかし、戦いに敗れ傷ついても、最後まで戦い抜き「あきらめない」強い心を持ったものを誰が否定しましょうか。歴史を見れば明らかです。一瞬、一瞬の判断が未来の全てを左右する。つまり、ぼくの判断は、「あきらめない」ことで、自分の人生を支配することにあります。人は、皆良き、「己が人生の支配者、征服者になれ!」と、ぼくはいつも言うのです。

     いつでも、自分の思考に忠実に戻ることが大事で、そうこう考えているうちに、いつもの自分になり、山東で、中国電子の有力者である崔さんに会う頃には、腹も決まってきました。もちろん、崔さんには、趙社長の逃走劇について、全て洗いざらいぶちまけておきました。

     真実ですので。事実は真実と共にあるのが正しい姿なのです。

     崔さんも、私と同じ状況で、10日の朝に突然電話があり、趙社長が来ないことを聞かされたらしいです。

     ちなみに、崔さんは、趙社長のこのような人間性を以前から見抜いており、今回でお別れすることに決めたらしいです(後ほど。私もそうすることにしました。)。 

     さて、ドンデン返しと不安な状況の中での唯一の救いは、日本語を微妙に話す、肖さんが、急遽、趙社長に呼ばれて、山東に同行したことです。

     山東は訛りが強く、私が話して聞き取れない部分を肖さんがフォローする形で仕事は進みました。一日で慣れましたが。

     問題は、10日の11時に山東に着くと、中国電子本社の有力者である崔さんは「すぐに、実験を始める。」と、当初、聞いていた11日と12日に実車テストというのとは、まるで違う状況で、いきなり試験が始まった点です。しかも、テレビ局のスタッフ2名が録画する中で。マスコミが嫌いなぼくも、この時ばかりはどうしようもありませんでした。

     プレゼンで、実験に携わるドライバーの教育の必要性を説きましたが、口論した結果与えられた時間は、たったの2時間でした。

     黒板に説明を書き、注意事項には、色をつけ、再三にわたって説明する。実際、2時間では時間が足りない状況でしたが、山東交通省の局長である張さんも来ており、走行テストはアレヨコレヨという間に始まってしまった。

     ちなみに、崔さんは、10日にテストするということで、趙社長とは、話がついていた模様です。

     「何も聞かされていないし!趙社長は逃げた!」

     この二つに怒りがこみ上げる中、自分に、仲間が繋いだ努力を無駄にしてはいけない。この想いだけが、炎天下で軽く日射病になったぼくをより暑く燃え上がらせました。

     「ベストを尽くすのみ。」と自分に言い聞かせました。

     この非イオン化を促す特殊チップに係われば関わるほど見えてきた事実は、「これを信じることが、結果を出すことである。信じたものがそのまま結果になる。」という、純粋な思念で作られた想念世界です。

     言うならば、この非イオン化を促す特殊チップが全世界にあまねく普及し、効果を出すということは、人々の意識がより、純化されたステージに到達しているということになります。

     つまり、科学的な要素である非イオン化により、完全燃焼度を高め、クローン力により空気の分子配列を矯正する。これは、明らかに人の思念と想念によって、一つのエネルギー磁場であるフィールドが作られることにより、発生すると考えられる。これが、この非イオン化を促す特殊チップの正体だと確信しました。

     まさに、未来の世界からのプレゼント。そして、この非イオン化を促す特殊チップが普及できるということは、それだけ人々の心や想いが素直になり、浄化されていなければならないのだと感じています。

     この非イオン化を促す特殊チップで溢れた世界こそ、進化した意識構造を持つ人間達の未来の世界なのですから。

     そのため、非イオン化を促す特殊チップを信じていないため、最後の実験を恐れた趙社長が来なくてよかったとも思いました。

     戦場での狂った味方からの誤射は、危険だからです。それは、結果に影響するでしょう。

     山東省で、10日に行われた非イオン化を促す特殊チップを搭載した四台の実車走行100kmテストです。

     <結果>
     燃費率の向上2台(8%, 4%)
     燃費率の低下1台(11%)
     燃費率に変化なし1台

     ただ、燃費率の低下した一台が、著しく低下していたため、総合的な評価は、最悪でした。

     自分としては、良い結果だと信じています。

     このテストの結果、次の日の排気テストは中止されました。
     
     山東交通局長が、「20%~40%くらい燃費が向上するというのは、嘘じゃないか!」と、激怒したためです。

     もちろん、これは、趙社長の触れ込みと勝手なCMでしたが・・・。

     テストは、失敗扱いされ、その日来た撮影のテレビ局のスタッフたちは、実験の終了内容を聞くと、一目散に退散していました。

     夜セットされた食事も、愚痴ばかり聞かされ、「ホラ吹き」扱いされました。言い返す機会をずっと待ちました。

     <山道の意義有(いぎあり)>
     
     ① 非イオン化を促す特殊チップ装着前と装着後の走行時間に30分の開き。
       つまり、渋滞時間で、高速に出るまでの8kmでガソリンをロスした。

     ② 実験結果変化なしの三菱車両は、タイヤの空気が抜けたので、途中、
        ガソリンスタンドで空気を入れていた。
        (たいした時間ロスではないが、中止するべきだった)

     ③ 明らかに、結果が悪くなった1台のマツダ車両に関しては、
        エアクリーナーとバッテリーが近く、非イオン化を促す特殊チップが、
        競合してパフォーマンスが発揮できなかった可能性がある。

     ④ 大型車両は、5,000km走行して、テストに入る。
        エンジンの汚れである炭素化合物を取り除いて正確に計測するため。
        一般車両でも、多少走行してから実験に入るべきだった。

     ⑤ 計測した3台中2台の燃費が向上した。一台は、燃費率が平行だが、
        正確な測定とはいえない要素がある。
        つまり、3台中2台が上がったという事実を見てもらいたい。

     大失敗とされ、ホラ吹きとか文句を言われながら、ホテルに戻った10日の夜でしたが、11日は、嬉しいニュースが舞い込んで来ました。

     山東交通局の局長である張さんが、ガソリンを全部抜いて、5kmでどのくらいの燃費が出るか、個人的に実験したところ、高い数字が出て、驚いたとの報告。

     そして、山東省交通局局長の張さんからは、「もう一度、実験したい」との申し入れが。

     また、別の実験に携わった一人からは、そのまま、非イオン化を促す特殊チップを着けて家に帰った実験車の持ち主ですが、「軽くなった。明らかに以前と違う!」との感動の声と共に、次の日に何度も崔さんに、驚くべき報告がされてきました。

     そして、これらの声が集まり、山道の「意義有(いぎあり)の五項目」が全面的に見直されました。

     つまり、皆、この非イオン化を促す特殊チップを信じるようになったんです!

     そして、この実験で使った四台に、非イオン化を促す特殊チップをそのまま装着して、普通にこれらの車に乗って、生活してもらい、一ヵ月後に再計測することになりました。

     これは・・・。大失敗が、大成功に変わった奇跡の瞬間でした。

     この結果が失敗ではない「これだけ不確定な要素を山積みにしてれば、この結果で充分、成功だ!三台中二台も上がったぞ!」と言い続けた遊撃隊員の「最後まであきらめない。あきらめた時が負けだ。」という信念を貫いた甲斐がありました。

     つまり、どんな状況でも「自分を信じる」ことです。

     このまま、引き続きモニタリングされますが、既にこの結果と共に、取引したいともオファーが来ました。崔さんも、昨日の実験結果と打って変わった手のひらを返したような態度になりました。そして、具体的な商談へと、進みましたが、裏切り者のユダ(趙社長)は、蚊帳の外の存在になってしまいました。これは、裏切りの代償とも言うべきものでしょう。

     この度、遊撃隊による山東省での実験終了!大成功です!

     皆で繋いだここまでの距離と努力を無駄にはしませんよ。

     お仲間に感謝!仲間がいたから、ここまでがんばれた。

     何一つ後悔を残していない。人は、「あと、ちょっとだった。」などと言うが、倒れるまで努力して、残す後悔などあるはずがない。後悔とは、出し切れなかった自分、足りなかった努力、間違った方向に進んでしまったことを言うのだから。

     今、「大失敗とされたものが、大成功となる。」、不思議な魔法世界の中をこの非イオン化を促す特殊チップ(未来の想念)と共に漂っています。

     この非イオン化を促す特殊チップの最大の目的は、環境保護です。一酸化炭素を、ほぼ完全に分解できる特殊な製品なのです。そして、これは中国を変える手始めのプロローグなのだ。

     さすがに昨日(11日)は、10日に行われた炎天下での実車走行テストでの無理がたたったのと、異常な過密スケージュールが重なり、疲労のピークに達した。

     まさに遊撃隊として、一人で孤立した、孤軍奮闘状態で、大立ち回りを演じたせいで、夜にホテルに戻ると高熱が出て、ブッ倒れました。

     このブッ倒れるまで、自分を出し切るというのは爽快です。

     ちなみに、肖さん(写真の裏切り者の左に写るお嬢さん)が、看病してくれました。薬とか体温計とか、色々買って来てくださったのですが、薬は飲まない人なので、ゴメンナサイ。熱は、かなり出ていましたが、一応、体調コントロールのプロなので。すぐ持ち直しました。今は、問題ありません。遊撃隊員は、医療隊員でもあるのでした。

    Cimg2698
     山東省済南は、餃子がうまいぞ!



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    2008/07/08 14:43:01
    遊撃隊員

     朝一番に大使館に乗り込み、昨日、まったく取り合ってくれなかったオバハンの窓口へ。案の定、持って行った招聘状が、「定型フォーマットじゃないからダメ!観光用に変えてもダメだからね。」と言われ、負傷兵の援護射撃は不発で終わる。不思議と「こぉんのババァ~」という怒りはなかった。

     しかし、人間備えがあれば、どんな状況になろうと何も恐れる必要がないぞ。こうなることは、はじめから見越していた。昨日と同じく、突っ返された書類を手に取りながら、笑みを浮かべて、そうなることが想定内だったので、ぼくは呟いていた。恍惚な顔で。

     ダニエル:「そうさぁ、ウサギは、三つ隠れ家を持っているんだぁー。」

     人は痛い目にあうほど賢くなる。それは、生き残るための知恵で、五術の歴史上の進歩と同じかもしれない。昨日と同じ痛い目にあうのならば、ただのM男なのだろう。

     本日のお勧めは、三品用意してございます。1品目は、「ビッチの突っ掛けもの」風味で、ぼくの好みではありませんでした。2品目は、シェフ自らの手作りの「鳥と獣の二品もの」(符!?)でございます。これが、ほんとの切り札(笑)。

     見事にそれを3秒で通過させ、明日の朝十時半には、商業用ビザが発行される段階まで漕ぎ着けた。

      ダニエル:「そうさぁ、このスリルたまりませんなぁー。」

     その時、ぼくは、また恍惚の笑みを浮かべていた。「おっと、こんなところで遊んでいる場合ではない」。しかし、習ってきたものを使ってそれがうまく行くときが、最高の至福なんだぁな。

     え、ぼくが、法を破ることが好きな無法者だって(笑)?

     ダニエル:「我不遵從有漏法。(私は世間法に従わないんです。ハイ。)」

     しかし、実験のメインは、本日行なわれる歯がゆさ。

     先発し、中国に乗り込んだ技術部である「斬り込み隊」と、毎日何十本もの電話を交わしながら、今日の実験、中国を変える実験にたどり着けた。交通省、環境省、科学技術省のトップが一同に集まる実験は壮観だろう。ここまでの軌跡が、一つの奇跡と言えよう。見たかった。その奇跡の輝きを。

     「ああ、何故、オイラは、こんな時に日本に・・・。」、虚しいが、心をゼロに還せば、これもまた、提起された過去からの問題となるのだろう。

     斬り込み隊の行軍は、ハードだ。北京での実験を終え、次は、山東省での実験のためにに今夜のうちに飛行機で移動する。

     そして、中国に派兵された斬り込み隊は、9日に山東省の実験に移り、10日に帰国する。

     今回の実験に関する中国サイドの主催者の一人で、某中国の巨大企業の日本窓口代表である趙社長も、10日に斬り込み隊の一員として、皆と一緒に日本に戻ってくると言う。

     趙社長:「気持ちはわかりますが、9日の夜に山東省に着いて、10日に北京から東京に
           戻るのは、無理なので、今回は、飛行機チケットを買わないでください。私は、
           10日に皆さんと共に、日本に戻ります。もう、チケットを買いました。
           変更できません。」

     ああ、ヤマミチ残留孤児決定!。.(✿ฺ。 ✿ฺ)

     負傷兵も、負傷兵としての任務を全うすべく、自分の国内のワークに専念し始め数時間が経った頃、また、趙社長から、電話が。

     趙社長:「大変です。山東省では、今、大雨で、明日も、雨の影響で、実験が不可能です。
           そのため、斬り込み隊の皆さんは、10日に戻りますが、山道さんは、
           すぐに来てください。もう既に、山東省では、行政府の方々と実験の用意が
           セットされているので、私は、山道さんに、9日に来てもらい、10日から山東省で、
           引き続き、実験を続け、14日に一緒に日本に戻りましょう。」

     ダニエル:「今、行きます!」

     大ドンデン返し!負傷兵、完全復活!((W´∀`))

     10日からは、負傷兵改め、斬り込み隊も改め、遊撃隊となって、孤軍奮闘してまいります。

     しかし、山東省といえば、家の先祖皆そこで眠っている。さらに、今年に入って、この某中国巨大企業に、お声を掛けられたのは、山東省で、町四つ分の土地を農地と工場にすると言う計画の書類作成と通訳並びに、相談役から始まって行ったことを考えれば、明らかに山東の大地に呼ばれている気がする。

     ふ~む、ぼくの故郷である山東省で大規模な「動土」が起こり、何故か、山東の血脈ではあるが、日本にいる山道に結びつく。山道は、不思議な点と点の繋がりで、結びついて行き、山東省に舞い戻り、故郷の土を踏むことになる。土を弄った結果、悪魔が飛び出るか、天使が舞い降りるか。

     まだ、故郷に錦を飾るに到っていないが、がんばりますぜ。(。◕ฺˇε ˇ◕ฺ。)

     願うことならば、全てがうまく行き、結果は、風水で言う「地靈人傑」であったという落とし所ならば、ぼくも嬉しい。間違いなく、そうなると信じて、町興し行ってきますぜ。自分で自分を信じてあげることが肝要よ。(❝ฺ_❝ฺ)

     結果、禍転じて福となる。斬り込み隊と共に、6日に北京入りしていたら、大雨の不測の事態に対応できずに、日本での予定と飛行機チケットが固定されている兼ね合いから、山東省の実験をあきらめ、10日に一斬り込み隊員として帰国していたことだろう。斬り込み隊が遣り残した仕事を処理しに行くことになるとは。

     負傷兵⇒遊撃隊隊員、明日、突撃です。しかも、新たな製品サンプルが、本日届き、偶然にもそれを持って行きます。全てが都合よく回るので、必然なのですね。(*´^ิ艸^ิ`)

     ぼくの母なる大地、山東に戻る。やはり、天命は、一つの一族を二つに分けていたんですね。結果、ぼくは、孤児になりましたが、家族の誰も恨んでなどいないですよ。

     ぼくは、ぼくの明日になれるように、一途に生きています。そして、ぼくは見つけたよ。答えを。「世界は何のためにあるのか?」、その答えを。

     全ては、「このカオスに沈静と安らぎを」もたらすために。喜んで、この身を犠牲にしましょう!きっと、これがあの夜に背を向けて生きながらえたぼくの咎なのでしょう。今は、まだ泥の中を這いずり回っていますが、この天命を受け入れているのですから、あとはなるようになるでしょう。

     追伸
     趙光先生のお墓参りもしてまいります。 


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    2008/07/07 19:11:31
    負傷兵

     今日は、朝一番で、港区の中華人民共和国大使館で、ビザを手に入れるために売春婦のお姉ちゃんたちと一緒に並ぶ。

     え、どうして売春婦とか言うのって?

     だって、見ればわかるんだもの。

     どうしてわかるかって?

     それは、本物の風水師が土地を見れば、良い変わるか、またどういう効果があるか分かるのと同じでしょ。

     人相が見られないということは(人相だけじゃないけど)、風水師ではないということですぞ!

     人が通る隙間もないくらい並べられた人込みを掻き分け、コピー機の前や待ち札を取り行くやら、いったいどんだけ並べば気が済むんだというくらい並んでいたら、2時間が過ぎ、最速で2日間かかるとの事。料金も違う。

     北京の行政府から何度も電話を入れてもらっていたはずだが、この混乱した無法地帯には、届かず。必死に、事情を説明するも、まるでビザが切れた不法滞在の売春婦を扱うかのように、書類を突っ返すのみ。

     さらに、不運なことに、招聘状がなくては、ビジネスのビザがもらえないのだが、招聘状がFAXで、届いたのは、昼の三時過ぎ・・・。観光用でも、何でも良いからビザをもらおうと思ったら、「個人には、発行できません。」とのこと。(。♋ฺ‸♋ฺ。)

     あのぅ・・・このわけのわからない大使館に、わけのわからない招聘状システムに翻弄された挙句、中国大使館は正午の十二時にきっちり閉まってしまった・・・。

     何度も、「中国を変えるための実験だぞ!交通省、科学省、環境省、三部門の代表者から連絡があったろうが!」と、叫んでも、キチガイを見るかのように、目も見ないで、首を振りながら、書類を突っ返すだけ。危ない人でも見るように、隣に並んでいた売春婦のお姉ちゃんにも、冷たい目で見られる。(。♋ฺ‸♋ฺ。)

     先に戦場に出撃したお仲間たちに申し訳なくて、報告の電話をする。

     ダニエル:「申し訳ありません。明日、到着できないかもしれない。」

     この政府公認の中国を変える実験現場を先頭で取りまとめているA氏は、静かに、ぼくを思い遣る様に語る。

     A氏:「どんなことがあろうと、動じませんよ。どんな不利な状態でも、我々は、
         やるべきことをやらなくては。そうでしょ?」

     この一言に、多くの会話が込められており、この一言が何を意味するのかを我々は、深く認識している。それだけに、この一言を聞き、自分の今の状況に、胸が張り裂けそうになる。

     そう、ぼくらは、同じ気持ちを共有している。だから、仲間なんだ。

     戦場では、誰かを待つことは許されない。負傷兵は、置いていかれる。それは、負傷兵をも、一人の戦士、仲間として尊重された行為なのだ。誰かを待つために戦うのではない。何かを期待して戦うのではない。崇高な意味を持った勝利をつかむために戦うのだ。ぼくは、それをよく知っている。

     いつまでも、負傷兵をしているわけには行かない。

     北京科学技術省からの招聘状は、今日、届いた。戦場に行くための赤紙だ。ぼくは、自分が試される舞台から逃げないし、この部隊から逃げも隠れもしない。


     ベトナム戦争で、徴兵を満期終了し、なお生き残った将校たちの大半は、再び、ベトナムの戦場に戻って行ったという。戦場での務めも終え、その地獄から逃れられるというのに。

     そのため、戦死兵士に占める将校の割合はベトナム戦争時にアメリカ陸軍で戦死者30,743名中将校は3,359名(11%)、海兵隊は3,430名中905名(26%)と群を抜いて高かった。

     死ぬ確率のほうが高い、戦場に再び戻る多くの将校たちは、ただ一言だけ言い残し、戦場に再び戻っていったという。

    630pxnapalm           「戦場に仲間を置いて行けない。」

     この腐った世界を変えるための戦いは、既に始まっている。自分だけ、戦火に身を投じずに、指を加えて待っていることなど死んでも出来ない。もう、この気持ちは、皆と共にある。後は、この身体が移動するだけだ。

     この実験を皮切りに中国を変えるんだ!そのための舞台だ、実験なんだ!

     そして、悲劇の連鎖を止めるんだ。もう、家族のために、出稼ぎに出て、外貨を稼ぐために、身体を売る必要もないんだ!そう、ぼくはこの大使館で自分の背負っているものの重さをヒシヒシと感じた。「かわいそうな売春婦たち。」。この大使館内の姿は、ぼくの汚れたインナー世界かもしれないと思った。「ホ・オポノポノ」の四つの言葉を想う ( 『ハワイの秘宝』を参照)。

     一つ一つの問題を試練とは見なさず、機会ととらえる。問題とはすなわち、過去の記憶の再生に過ぎず、それらをLOVEの視点に立って見直し、新たに行動する機会を与えてくれるために姿を現したにすぎないという。ゼロ・リミッツのゼロ状態から発する限り、ただ受けとって行動すればよいのである。


    51uq7iba3jl__ss500_  I am sorry.
     I love you.
     Please forgive me!
     Thank you!
     
      このハワイ原住民の「ゼロ・リミッツ」は、不思議とぼくの実践してきた仙道や禅と全く共通する。そう、文化圏が違おうと何だろうと、人間は共通なのだ。当然、類似点が多く見られるだろうし、「ゼロ・リミッツ」と呼ばれる状態は、真っ当な瞑想家だったら、保てる意識状態の一つなのだから。

     もう、ぼくの尊敬する仲間たち、斬り込み隊は、戦いを始めている。届け!ぼくは、祈る。明日、裏技を使ってカタをつけるぞ。もう、そのための切り札を用意した。手段は選べない。

                            雨が降り 七夕に云う 今行くよ! 

                      「変えなくてはいけない未来のために。仲間のために。」


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    2008/07/06 23:29:00
    えっ! ウソでしょ!?

     どうも、日本残留孤児と化して、仲間内から、白い目で見られてもおかしくない、かわいそうなぼくです。

     出発ロビーで不手際が生じ、本日の飛行機に乗れなかったのです。

     何が、起きたかですって?

     笑って良いのか、涙して良いのかわからない、中途半端に悲しい話です。
     
     さぁ、いざ中国に、心強い仲間三人と合流し、チケットカウンターへ。
     
     出発間際、ケータイ電話が、壊れたが、SIMカードを入れ替え、昔使っていたケータイに戻し、問題は無かった。
     
     お気に入りのベルトを探していて、リムジンバスに一本乗り遅れても、待ち合わせに遅刻することはなかった。

     そう、決して、遅刻して飛行機に乗り遅れたわけではなかった・・・。

     ビザがありませぬ・・・。

     思えば、最近は香港に行ったが、ノービザだったし、過去に中国に行くときは、学生だった時は、学生ビザで、会社員だった時は、出張用のビザを会社が用意してくれていた・・・。

     今回は、もう色々と用意してもらえる立場の会社員ではないのに加え、出張の段取りを全部自分で整え、準備万端になっていたつもりだったが・・・固定観念にやられた。香港大丈夫だったから、中国も大丈夫という自分の勝手な固定観念に・・・。また、発券会社にも、ビザのことは聞かされていなかった・・・。(◣д◢)

     チケットカウンターで、外人のお姉ちゃんに、流暢な日本語で一言だけ言われた。

     金髪のお姉ちゃん:「お客様は、ビザを持っていないようなので、渡航できません。」

     ぼくは、英語で叫んでいた!

     ダニエル:「Nooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!(イヤーーーー)」ヽ(`△´)/

     金髪のお姉ちゃん:「Yes. You have no Visa. (はい。ビザがないですね。)」

     ダニエル:「I have Visa card. Doesn't it work on? (ビザカードじゃダメ?)」

     金髪のお姉ちゃん:「・・・・・[You bastard! (クタバレ!)]」

     ダニエル:「え、何、何、今、この人、マスターカードって言ったよね?」


     そんな、混乱した、ぼくに皆、優しく、肩を叩きながら、声を掛けてくれた。「もういいから。そういうことじゃ。しょうがないよ。」。

     何故か、後ろを見送る皆の背中から深いため息が・・・。(´Д´)

     待っていてください!朝一で、ビザを取りに行き、ついでに、壊れたケータイを捨てて、Docomoショップて、SO906iでも買って行きます。Docomoポイントが、3万円分くらい貯まっているしね。早く使わないと、ポイントが消えて行くので、ちょうど良かった。

    Index_bg_01 色は、もちろん、情熱の赤ですぞ。( ゜ 3゜) チャイナ・カラーで中国に行く。「えっ!? 遊んでないで早く来い!」って。(・´з`・) すぐに行きますので、平にご勘弁を・・・ビザ待ちです。(→ܫ←) 北京の中央政府からの招聘状が出るはずなので、何とかなるはず。一人残されてしまったけれど、心は、皆と一緒に戦場にあるから。

     この不幸中の幸いで、ケータイ買い替えバージョンアップできて、「ラッキー!」と同じく、今回の中国出張も、遅れて行って、大成功させたい。早く行かねば。(;◔ิд◔ิ) !!!

     お仲間の皆様!待っていてくださいね。こうなったら、罰で車の走行運転一台分は、ぼくが運転しますから。(。♋ฺ‸♋ฺ。)

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    2008/07/02 20:19:00
    Don't Leave!

     最近、You Tubeなどの配信を見て思ったのだが、映像で伝えられることの偉大な可能性について考える。

     近年、音楽という歌詞を伝える世界において、映像を使うことによって、完全に言語を飛び越えて、「伝える」という作業が成功しているケースを見るとそう思うこともしばしば。

     アジアで最高のアーチストと呼び声が高いBrown Eyes(브라운아이즈)の音楽に関しては、疑いなく素晴らしいが、映像の作りこみもまたすごい。

     このBrown Eyes「가지마 가지마」という、韓国語知らない人に意味不明のタイトルだが、この音楽のビデオクリップ一つで、映像で全てを理解できる。

     歌詞は、下に書いてあるが、歌詞の内容を把握しないで、ビデオクリップを見て、自分の受け取ったイメージと、歌詞の言語から受けるイメージがどのくらい一致するかを比べて見ると面白いかも。

     そうやって、人間の思念はつくられることがよくわかる。

    「가지마 가지마 」(行かないで行かないで)

    우리 함께했던 날들 그 기억들만 남아
    俺達が一緒だった日々その記憶だけ残って
    너를 지워야만 내가 살 수 있을까
    君を消さなきゃ俺は生きていけないだろうか
    우리 함께했던 날들 자꾸만 너 떠올라
    俺達が一緒だった日々しきりに君思い浮かんで
    너를 보내야만 내가 살 수 있을까
    君を見送らなきゃ俺は生きていけないだろうか

    (가지마) 떠나지마 제발
    (行くな)行かないでどうか
    (가지마) 사랑하잖아
    (行くな)愛してるんだ
    (가지마) 나 혼자 남겨두고
    (行くな)俺ひとりだけ残して
    (제발 제발 제발)
    (どうかどうかどうか)
    가지마 가지마 가지마
    行かないで行かないで行かないで

    아직 너를 위해 바보처럼 살아가는데
    まだ君のため馬鹿みたいに生きているのに
    너는 어디에 니가 필요한데
    君はどこへ 君が必要なのに
    Oh~baby 내 사람아 이제 그만 내게 돌아와줘
    Oh~baby 愛しい人もうそのくらいで俺のところに戻ってきてよ
    장난처럼 그렇게 돌아와
    ふざけたようにそうやって戻っておいで

    항상 너만을 위해서 살아가고 싶지만
    いつも君だけの為に生きていたいのに
    때론 그 사랑마저도 힘이 들잖아
    時にその愛さえも大変だよ

    (가지마) 떠나지마 제발
    (行くな)行かないでどうか
    (가지마) 사랑하잖아
    (行くな)愛してるんだ
    (가지마) 나 혼자 남겨두고
    (行くな)俺ひとりだけ残して
    (제발 제발 제발)
    (どうかどうかどうか)
    가지마 가지마 가지마
    行かないで行かないで行かないで

    아직 너를 위해 바보처럼 살아가는데
    まだ君のため馬鹿みたいに生きているのに
    너는 어디에 니가 필요한데
    君はどこへ 君が必要なのに
    Oh~baby 내 사람아 이제 그만 내게 돌아와줘
    Oh~baby 愛しい人もうそのくらいで俺のところに戻ってきてよ
    장난처럼 그렇게 돌아와
    ふざけたようにそうやって戻っておいで

    아프고 아플만큼 지치고 지칠만큼
    苦しければ苦しいほど 疲れれば疲れるほど
    지워봐도 참아봐도 니가 떠올라
    消してみても耐えてみても君が思い浮かぶんだ
    너도 나처럼 아프잖아 너도 나처럼 힘들잖아
    君も俺みたいに苦しいじゃないか 君も俺みたいに辛いじゃないか
    돌아와 내게로 잊지 못할 내 사람아
    戻ってきてよ俺のところに 忘れられない俺の愛しい人

    아직 너를 위해 바보처럼 살아가는데
    まだ君の為に馬鹿みたいに生きているのに
    너는 어디에 니가 필요한데
    君はどこに 君が必要なのに
    Oh~baby 내 사람아 이제 그만 내게 돌아와줘
    Oh~baby 愛しい人もうそれくらいで戻ってきてよ
    장난처럼 그렇게
    ふざけたみたいにそうやって

    Oh~baby 내 사람아 이제 그만 내게 돌아와줘
    Oh~baby 愛しい人もうそれくらいで戻ってきてよ
    그때처럼 그렇게 돌아와
    その時みたいにそうやって戻っておいで




    I give her this song for the fifth anniversary of her death.
    May her soul rest in peace.
    July 2, 2008
    By Song

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    2008/07/02 13:40:33
    想いと共に中国に行く

     来週から、しばらく、中国に出張してきます。環境問題を配慮した製品を中国に導入するに際して、環保局(環境省)、交通部(国土交通省)、科技部(科学技術省)らの代表である政府高官の立会いのもとに、北京電視台(中国最大テレビ局)の番組作成の撮影が入ります。

     もう、随分前の話になるのですが、今回、中国に戻ることは、自分にとって、色々な想いがあります。それは、気功を通じて巡りあった想いから始まります。

     子供の頃は、真冬でも、寒風マッサージをして、朝の四時半には、父親に公園に連れて行かれ、肉体的に厳しい、動功(気功)をこなさなくてはいけない毎日でした。

     当時は何をやっているかわからなかったし、朝の気功が嫌いでしたが、成人を迎えた頃には、父親の教育の意味について、改めて、理解することが出来ました。そのきっかけを与えてくれた人が、趙光先生です。

     きっと、それは一途に生きるものたちは、輝いていて、その輝きは、いつだって人に伝わるものだったと、今では思います。

     日夜の精進も、強い目的のためになら、歯を食いしばってだって耐えられる漢(オトコ)だったら、そんな生き方をしてみたいと望んでしまうのが、悲しいところでもあり、また、自分の行き方を見つけた楽しいところでもあります。Img040

     人知れず努力したものが、必ず、あとで役に立つと信じています。

     子供の頃、早朝にする気功が大嫌いだった私ですが、二十歳の頃には、当時の中国国家試験の中に置かれ、北京中医大学が発行していた気功実技試験におていて、最も難しいとされた「特級気功師」の資格を中国全土で最年少で合格しました。

     ちなみに、この資格を持った特級気功師は当時、中国全土でも、二十数人しかいませんでした。日本では、秋山眞人さんが所有していますね。

     この資格は、「特級厨師」などの資格と同じように、当時は、国家最上級資格の一つでした。今は、「気功」は、法輪功事件より、封鎖されてしまいましたが。

     ぼくは、法輪功事件は、正しくない時代にあって、正しい気功のあり方の一つだったと考えています。患者が、その名のとおり、法輪、つまり小周天(正式なジャンルでは意周天だが)をして、難病を治すというのは、非常に効率的で、しかも、お金が一切かからない方法です。

     貧しいものは、医療行為にあずかれず、気功をして自分で治すしかなかったあの時代の中国を知るものにとっては。

     今から、10数年前の1996年、中国にあっては、その医療現場は、惨憺たる状況でした。

     小生も、「特級気功師」試験のために、二ヶ月のインターン期間を中国北東部の北載河にある北載河療養所(北京中医大学の西苑医院系列に該当)で過ごしました。

     そこの医療現場では、医者は昼寝におやつ付で、決められた医療費の支払いが出来る患者以外を治療しようとはせず、外では、200人近い患者が、貧しさのため医療行為にあずかれず、気功をして、自分たちを治そうと、生きようと、必死になっていました。

     着いた日に、他の医師たちから、外の中庭にて、もくもくと気功に励む、一段を指差しながら、「あの人ちは、感染症で、末期のものが多く、感染に気をつけて近づくな」と言われました。

     その二百人くらいの集団に興味があり、いつも行って観察を続けました。車椅子の老人から、見るからに死に掛けている人々が、一生懸命に気功をして、練功が終わった後は、
    病者たちが互いに手を当てあい、治療を施しあう。

     その圧倒的な生の輝きに、ぼくは惹き付けられ、「何とかしたい」と、思うようになり、
    貧しく、医療にも見捨てられた患者たちに治療を施すようになりました。

     正しいことを行なうが故に、生意気とされたインターン学生は、少しずつ、周りから隔絶して行き。ぼくの心の中には、ここの医師たちの横暴な態度に沸々と怒りの炎が燃えていきました。

     昨日、手を繋いだ人が、今日から、もう二度と会えなくなってしまう。

     そんな、悲しい日々でした。

     それは、暇を持て余したこの病院の医師たちと共に、一致団結して、医療の改善に取り組めば、大きく改善され、死ななくてよい人をも助けることが出来たのです。しかし、ここの医師たちは、貧しくてお金の無い患者たちは、虫ケラのように死ねと言わんばかりの態度で、ほんとうに何もしないのです。

     「特級気功師」試験が終わった頃、ぼくの怒りは頂点に達し、ある霊安室事件をきっかけに、爆発し、医師たちに殴りかかってしまいました。

     その結果、ぼくは、写真撮影も終え、「特級気功師」の資格ライセンスが既に北京から発送されていたのですが、「こんな人殺しの資格がもらえるか!」と、怒鳴りちらし、その病院を飛び出し、北京を経由して、日本に戻りました。

     仲良くなったそこの患者たちと別れてしまうのは、悲しかったのですが、そこを出ないと、
    私自身の命の危険がありました。

     そして、そういった、中国国家の中で虐げられるものを「いつの日か、絶対に助けに戻ってこよう。絶対に!」と、その場は涙の撤退をしました。

     「人が虫ケラのように殺されるのは許せない!」というぼくの強い信念は、その悲劇の現場から生まれてきています。

     ちなみに、その後、北京につくと、ホテルに政府関係者を名乗る一群の人が来て、ぼくに「趙光先生が、君に会いたがっているから、病院まで来てくれと」と言われ、そのまま、病院まで連れて行かれました。

     気功世界の重鎮、「南の林厚省」、「北の趙光」とまで呼ばれた大御所に、当時、末期癌で死に掛かって苦しそうに、身悶える中、私は呼び出されました。

     そして、「気功とは何か?」という最後の回答を頂きました。

     その病院での会合は、とても神秘的でした。

     趙光先生は、ぼくが何をしていたか、逐一知っており、また、北載河で起きた出来事も知っていた。そして、ただ「会いたかった。」とだけおっしゃられた。また、北載河でのことに話が及ぶと、「君は、そんな資格を必要としないでしょう。」とも言われました。今にして思えば、「そんな資格」、「そんな」の部分から、全てをお見通しだったのではないかと思っています。そして、「そんな」ぼくに想いを伝えるために、ぼくを呼んだというのは、後になってわかったことです。

     ベッドの上で、横たわる趙光先生の患部に、ぼくが手をかざすと、「ああ、優しい気だねー。この気はどこに向かうのだろう。」と、目を閉じられ、にこやかな微笑みを浮かべていたのを憶えてます。寡黙で、あまり喋らない先生でしたから、今となっては、覚えている会話も少ないのですが、絶対に忘れない、あの一言だけは、今も、鮮明に記憶に残っています。きっと、その一言がなかったら、その後のぼくはなかったのだから。

     その日から、三日間に渡って、ぼくは、趙光先生を看病しました。それには、息子さんに頼まれたからというのもありますが、ぼく自身が、趙光先生の不思議な包み込むような気にあてられて、趙光先生に、「色々と聞きたい。色々と教わりたい。」と、思うようになったからです。

     その時、最期を看取りに付き添っていた息子さんは、涙しながら、

     「親父は、真冬でも河で泳いでいた。そんな、頑強な人だった。君が、来てくれて、
      痛みがなくなってきたと言っている。ありがとう。」と、言いました。

     また、政府関係者も重病のため入室が許されない中、

     「どうして、親父は、君に会ったことがなかったのに、君をここに呼んだのだろう?」と、疑問に思っていました。

     ぼくには、このような疑問はなく、その様な不思議な会合に意味を見出し始めていました。
    当時ずっと聞きたかった一言・・・子供の頃からの疑問。どうして、何度も、手術を受け、末期癌で、胃も切り落とし、こんなにも苦しんでいる・・・。質問をしたい気持ちは、つのっていった。ただ、知りたかった。趙光先生にとって、「気功とは何なのか?」、その答えを。状況が状況だけに、聞けない日々は過ぎていった。だけれど、最後に、勇気を出して、質問した。

     ダニエル:「趙先生、趙先生にとって気功とは、何だったのですか?」

     趙光先生は、起き上がるのも苦しい中、半身を起こし、静かに、安らかな顔で言いました。

     趙光:「気功とは、一生懸命一途に生きることだ。」

     その答えは、衝撃でした。これだけ、気功で名を馳せた大先生が何度も手術して生にしがみつくのは、おかしいという自分の疑問も、この一言で、謎は全て解けたのでした。

     最後の最後まで、一生懸命生きようとする。圧倒的な生の輝き!

     
    ここに気功の真諦があったのです。それは、明日来るかもしれない差し迫った死を前にした患者が、一生懸命、気功をして生き延びようとしていた姿、北載河療養所で見たものそのままだったのです。

     当時、北載河療養所にて多くの患者に治療を施し成果を出し、間違った功法(気功の方法)を直す指導などもしましたが、気功の本質を自分は、何もわかっていなかったのです。中国気功における最高峰の「特級気功師」資格試験に合格し、もはや、気功を極めたという自負心もその時、全てが粉々に崩壊しました。

     何故なら、医療に見捨てられ、必死に生きようとする北載河療養所で気功を行なう200人の患者よりも、「気功」の本質、「一生懸命生きる」ことをわかっていなかったのですから。

     趙光先生の回答は、この一行だけだったのですが、その言葉に込められた想いは、ぼくの気功に対する取り組みや疑問、定義に及ぶまで、全てを氷解させ、ぼくの目を覚ます何かがあったのでした。それは、心と心のやりとりだったのかもしれません。

     病を治す力があるから、すごいのではない、沢山の功法を知っているから、すごいのではない、毎朝、気功をしているから、すごいのではない。全てが否定しつくされ、残っていたのは、この心だけでした。そう、「一生懸命生き抜く、強い心」がすごいのだ。気功とは、「一生懸命生きる強い心」を教えているのです。  

     その後、ぼくは日本に戻り、しばらくして、「趙光先生が亡くなった・・・」と連絡を受けました。

     あの日から、随分たったけれど、今、やっと、その現場、ぼくの戦場に戻る機会がやってきています。

     今度は、もう一人ではなく、強いチームで。

     ぼくが、この想いと共に中国に戻ると言うのは、自分の命よりも、大事なもの、信念を中国に置いて来ているからです。

     それは、趙光先生との間で見出した想いだったのかもしれませんし、あの現場に置き忘れたものをもう一度取りに行くの事なのかも知れません。

     全ては、一途に生きる意味のために。

     そう、お墓参りをしなくては。趙光先生に伝えたい一言。

     「趙光先生、ぼくの心は先生の想いと共に強く健やかに成長しましたよ!」

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